三銃士

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三銃士

     プロローグ  一匹の猫が居た。名をダルタニャンと言う。なお、この世界の猫は直立し、服を着て言葉も喋る。馬にも乗れば詩も興じる。風流な猫なのである。  さて、当のダルタニャンは、黄色い小馬に乗っていた。猫が喋れる世界だから、馬も喋っても良さそうだが、ヒヒーンといな鳴くだけだった。十七世紀のフランス、ダルタニャンはパリを目指していた。  旅の途中、マンと言う宿場町に着いた。マンよりニャンの方が猫だけにしっくり来るが、マンなのだから仕方がない。マンの町で宿を取る。宿屋の外にはテーブルが置いてあり、数匹の騎士が酒宴を開いていた。美味そうな匂いがする。  さて、ダルタニャンが馬の手綱を杭に繋げて駐車ならぬ駐馬をしていると、騎士の会話が聞こえて来た。 「まったく、珍しい馬が居たもんだ。あの色は果物には有るが、馬の色じゃないね。ピレネー山脈の方には変わった動物が多いのだな。猫も醜いチャトラだしな」  冷酷な青い目をしたシャム猫が言う。ダルタニャンが生まれたピレネー地方はチャトラ猫の産地で、チャトラである事に誇りと自信を持っている。つまり、聞き捨てならない台詞だった。 「ニャンか言ったか!」  シャム猫は、仲間からダルタニャンに視線を移す。ゴミでも見る様な目だった。 「何を言おうが当方の勝手にして貰いたい。田舎者は引っ込んでおれ」  シャム猫は、上から目線で言う。そして話は終わりとばかりに無視した。  こうなっては黙って居られぬ。ダルタニャンは興奮してシャーッと威嚇する。これは紳士が決闘を挑むに相応しく無い態度だが、興奮したチャトラは手がつけられない。 「小僧、俺に刃向かうか?」 「おうよ、ニャンコ魂に着火したぜ」  シャム猫はダルタニャンの挑発に乗り、重い腰を上げた。  町の広場は騒ぎになる。二匹の騎士を野次馬が取り囲み、簡易コロシアムを作った。  ダルタニャンはサーベルを抜く。細身でしなる長剣は、軽くて片手で扱える。  シャム猫は、フード付きマントを従者に預けると、剣を抜いた。 「おい小僧、死ぬ前に名乗っておけ。変な名前なら覚えるかも知れん」 「ダルタニャンだ!」 「なんだ、平凡な名前だな。俺はロシュホール伯爵だ」 「なんだ、ケーキみたいな名前だな」 「ほほぉ、ピレネーにもケーキがあるのか。芋しかないかと思ったぞ」 「ニャニィ!」  ダルタニャンは、髭が針みたいに立ち、瞳孔が開く。鋭い牙を見せ、威嚇した。 「おい、田舎者」 「ダルタニャンだ!」 「おい、田舎者ダルタニャン、決闘の作法も知らんのか? まずはお辞儀だろう」  ロシュホールはつば広帽子を手に取り、優雅にお辞儀した。  そう、紳士たる者は礼儀が大事になる。ダルタニャンもつば広帽子を取り、深々と頭を下げる。    さて、礼儀を済ませれば遠慮は要らない。野蛮な戦いの始まりだった。剣先を合わせ、激しい攻防が始まる。剣はしなやかに曲がり、手を包む形状の鍔を引っ掻いて逸れた。軽やかに舞う様に戦う。ダルタニャンがロシュホールと攻守を変えて剣技を競っていると、目の前に黒い物が飛び込んで来た。思わずビックリした所で、肩を突かれてしまう。ダルタニャンは、堪らず倒れてしまう。 「どうだ、尻尾の目潰しは?」  ロシュホールは、ニヤニヤしながら見下ろしていた。しなやかな黒い尻尾がバカにする様に踊っている。 「くそ! 尻尾癖の悪い卑怯者」  ダルタニャンの負け惜しみを気にせず、ロシュホールは背を向けて立ち去る。尻尾がバイバイしている。  ダルタニャンは、倒れたまま悔しがっていた。だが、持ち前の負けん気で立ち上がると、ロシュホールを追った。    ロシュホールは、数匹の仲間と一緒に馬車の前に居た。馬車は二頭立てで、御者が睨んでいる。ダルタニャンを不審者だと思ったのだろう。ピストルを構えた。近づく者を殺そうと判断する所から、御者は只者ではないし、馬車の中の人物も要人なのだろう。    一方のダルタニャンは、狙撃されては堪らない。四つ足で加速すると建物の壁面を走る。ピストルが鳴り、鉛玉が窓を打ち破る。ダルタニャンは、クルリと回転しながら着地した。 「ロシュホール、決着はまだだぞ!」  威勢のいい事を言うが、目眩がしていた。負傷したままで飛び回ればそうなる。  ロシュホールと御者は苦笑した。どちらも同じシャム猫だった。 「おい、田舎者ダルタニャン、そんなに死にたいか?」  御者は次弾を装填し、ロシュホールはサーベルの柄に手を掛ける。 「あらあら、殿方は暴れるのがお好きな事。でも、任務があるのを忘れちゃいませんか?」  馬車の窓から顔を出したのは、見目麗しい雌だった。種族はスコティッシュフォールドで、高貴な眼差しは女王様を思わせる。トパーズ色の目がダルタニャンを品定めする。 「そうだった、ミレディの言う通りだ。小僧の相手などしている場合じゃない。お前たち、バカなチャトラの相手をしてやれ」  ロシュホールの手下がダルタニャンを取り囲む。その間に、馬車はロシュホールを乗せて行ってしまった。  ダルタニャンは後を追おうとするが、雄猫たちに棒や椅子で叩かれ、気絶してしまう。財布やサーベルも盗られてしまった。        トレヴィル殿と三銃士  数十日後、ダルタニャンはパリに来ていた。マンでロシュホールから酷い仕打ちを受けた時に無一文になったが、親切なマダムに助けられ、手当と住居を提供された。幸いな事に、マダムはチャトラだった。同郷の絆は頼りになる。サーベルと小銭も提供される。  さて、ダルタニャンがパリで当てにするのも同郷のコネだった。ピレネー地方ガスコーニュ出身の有名人がパリには居た。その名はトレヴィル公爵で、国王ルイ十三世の親衛隊を率いている。その名も銃士隊。王直属の精鋭部隊だった。  王宮に近い邸宅が銃士隊の屯所で、黒い隊服を着た銃士たちが大勢いた。そこへ黄色い小馬で乗り込んだダルタニャンは、どうにも萎縮してしまう。それでも何とか取り継ぎを頼み、トレヴィルに面会できる運びとなった。  トレヴィルは出務室の机で書類の山に目を通していた。ダルタニャンとは同じチャトラだが、額の所がダイヤの模様になっている。ダルタニャンはハートの模様だった。 「同郷だそうだね。シャルルの息子とか?」  ダルタニャンにトレヴィルが質問する。 「はい、父を覚えておりますか?」 「ああ、ガスコン青年隊として一緒に従軍した仲さ。君とは面識がないがね」  トレヴィルは昔馴染みの名前だけで相手を信用するようなお人好しではなかった。陰謀渦巻く宮廷の中で銃士隊長まで上り詰める男だから、用心深くもある。 「実は、父からの紹介状を盗られてしまったのです」  ダルタニャンがマンの宿場町での出来事を話そうとすると、トレヴィルが遮った。 「すまないが後にしてくれ、ちょっと用があってな」 「退席しましょうか?」 「いや、ここに居ていい」  トレヴィルは取り次ぎ役に命令した。 「アトス、ポルトス、アラミスを呼んでくれ」  取り次ぎ役が出て行って暫くすると、三匹の銃士が入ってくる。それぞれ、精悍で豹の様なベンガル種、大柄なメイン・クーン種、スタイルの良いロシアンブルー種が揃う。  三匹の銃士が揃うと、トレヴィルは開口一番で怒鳴った。 「諸君は、わしが陛下にどんな言葉を賜ったか知っているか? いや、知らんだろう。その場に諸君らは居なかったからな。この言葉を聞いて惨めな思いをしたのはわしだけだったわけだ。幸せな連中だな。近衞銃士隊は人気がある訳だ」  三匹は、小さく震えていた。それは怒りの為か、恐怖の為か、恥辱の為か、ダルタニャンには判断できなかった。ただ、尻尾が完全に停止していたので、緊張している事は解っていた。  トレヴィルの話が続く。 「国王陛下が何と言ったか知りたいか?」 「いいえ」  アトスが間髪入れずに答えた。 「いや、言わせて貰うぞ。陛下は、『銃士隊では安心して身を任せられないから、これからは枢機卿の護衛士に守って貰う事にする』と仰ったのだ。わしは顔から火が出るほど恥ずかしかったぞ。その原因を聞けば、銃士が酒場で騒いでいる所を、枢機卿の護衛士に取り押さえられたそうじゃないか。そして、三匹の銃士が逃走したと言う。調べたらお前たちだと判明したぞ。卑怯者どもめ」
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