魔王様の決戦前夜

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 ここは魔界。常夜に閉ざされた、炎と死の世界です。  針のむしろみたいな岩山の、一際高い所に築かれた黒曜石の城には、それはそれは恐ろしい、魔王様が住んでいます。  世界中に溢れる魔物、それを使役する魔族。かれらを統括し、人間の集落に放って、人間世界を滅ぼそうとする、邪悪な存在。六対の翼持つ竜に変化し、鋼鉄すら一瞬で溶かす炎を吐くといいます。  そんな魔王様の居城内の廊下を、靴音高く駆け抜ける魔族がひとり。  老年に差し掛かったその魔族は、いかつい顔に焦りを満たし、黒いローブの裾を翻して、迷わずひとつの部屋の前に辿り着くと、勢い良く扉を叩きました。 「魔王様! 魔王様!! いつまでお部屋に閉じ籠もってらっしゃるんですか!」  しーん……。  返事はありません。 「魔王様! 自分のお城で居留守使わないでください!!」  魔族は半眼になって怒鳴ると、バァン! と蝶番が外れそうな勢いで扉を開きます。  途端、部屋の中の天蓋付きベッドで、頭から枕をかぶって震えていた人影が、ぎょっと魔族の方を振り向きました。  陶磁器のようになめらかな肌。炎を示すような艶やかな赤い髪。選ばれた血統の証である金色の瞳は、恐怖に揺れています。  そう、このとっても美形な青年こそが、当代の魔王様なのです。 「やだって言ってるじゃんサルガトナス! 僕の事は放っておいてよ!」  魔王様の口から、とてもとても魔族の王とは思えない、へにょへにょした声が、精一杯の声量をもって放たれました。 「放っておけますかい!」  サルガトナスと呼ばれた魔族は、片眼鏡(モノクル)をついと上げ直し、ふんす、鼻を鳴らします。 「人間どもがヨイショする勇者が、明日にもこの魔王城に攻めてくるのですよ! 決戦前夜に、魔王様ご自身が、迎え討つ会議を率先して開かないでどうするんです!?」  そう。人間達もやられっぱなしではありませんでした。  数百年前の魔王を倒したという聖剣を手にした勇者が、仲間達と共に、様々な魔物や魔族の妨害を乗り越え、魔界に侵入してきたのです。 「やだあああああああああ」  魔王様は涙目になって、枕をかぶり直しました。
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