魔王様の決戦前夜

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「勇者って、魔界に来られるくらい強い人間だよ!? ぜーったいそんなの、勝てっこ無いよ! きっとめちゃくちゃガチムチで、僕なんて拳一発で吹っ飛ばされて、溶岩の海にポチャ、だよ! この唯一のとりえの顔が、ボッコボコになっちゃうんだよ!」 「なーんでそんな悪い想像力が豊かなんですか!?」  魔王様のマイナス思考のすさまじさに、魔族の最高位悪魔将軍と呼ばれたサルガトナスも、呆れ気味です。腰に手を当てて、たしなめるように魔王様に語りかけます。 「良いですか、魔王様。私は先代様より貴方を見守るよう言いつけられて、十数年。貴方が立派な魔王として立たれるように、必死にお支えしてまいりました。だーのに!」  ドォン!  サルガトナスの苛立ちの証である拳が、壁にひびを入れます。 「貴方様ときたら、地上の星を教えてくれとか、世界に一つだけの花が綺麗だとか、駄目になりそうな時一番大事なものを知りたいとか! 貧弱な人間達みたいな趣味ばかりお持ちになって! そんなだから、勇者の反撃を防げなかったんでしょうが!」 「それ! それな!!」  途端に魔王様ががばりと起き上がって、金色の目を見開くと、サルガトナスを指差しました。 「人間世界に侵攻したのは、お父様が勝手に決めた事でしょ! なんで息子の僕が尻ぬぐいしなくちゃいけないわけ!?」 「それは魔王の血筋に生まれた貴方様の天命だからです!」 「そーーーれーーーーー!!」  サルガトナスの熱弁も何のその。魔王様は枕を抱えて屈み込むと、ぶんぶん頭を振りながら呪詛を吐きました。 「人間達もそうだけどさあー! なんで王家の血筋に生まれたらあとを継がなきゃいけないとか、そんな決まりがあるの!? 僕はさすらいの吟遊詩人になって、綺麗な花や虫を愛でて、青い空をあおいで、その素晴らしさを歌に込めて奏でて! 町から町への暮らしをしたいんだってば!」 「それ先代様が聞いたら心臓麻痺起こして死にますよ! いや実際ご病気で亡くなられたんですが!」  サルガトナスは胸元からハンカチーフを取り出し、片眼鏡を外すと、わざとらしくさめざめと泣きながら目元を拭ってみせます。 「ああ、先代様、申し訳ございません。この不肖サルガトナスの力が及ばないばかりに、ご子息を立派な魔王様にすることができずに……」 「泣き落とししたって駄目だからね」 「チッ」  魔王様の意外と冷静なツッコミに、サルガトナスは舌打ちと共に嘘泣きをやめました。 「とにかくです! 今から高位魔族を集めて緊急対策会議です! ちゃんと! 必ず! 会議室においでくださいよ、魔王様!」  サルガトナスは、びっと魔王様を指差して釘を刺すと、すたすたと部屋を出てゆきます。  凹んだ壁と蝶番がおかしくなった扉が残された部屋で、魔王様は枕を投げ出し、布団の上に大の字になりました。
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