呪い殺され前夜

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「なんて読むんだ……?」  紙の上半分には「礫蛇螺尼奴」という文字があり、その下には俺の名前が綺麗な字で書かれていた。これは呪詛かなにかだろうか。それとも俺を殺しに来る怨霊の名前か。とにかく俺はこんな得体の知れないものに殺されるのか。  もしかしたら他にも俺の名前が書かれた紙が入っているかもしれない。そう思い、地面に転がっている人形に手を伸ばす。某マヨネーズのCMに出てきそうなビニール人形の首をもぎ取り、なかを覗く。すると、どうやって書いたのかはわからないが、頭部の内側に俺の名前、それから「白坊」というマジックの文字があった。無理矢理ペンをねじ込んだのだろうか。その文字たちはミミズの這ったあとみたいに歪んでいる。  続いて子狐のぬいぐるみへ手を伸ばす。ここまで来たらもう抵抗はなかった。どちらにせよ俺はここで死ぬのだ。いまさらどんな不謹慎を働いても最悪の結末を迎えることは変わらない。子狐の腹を割くと、なかから米がばらばらとこぼれ落ちた。引きちぎって腹の穴を広げ、米を全て畳に出す。しかし、なかから紙のようなものが出てくることはなかった。おかしいと思いしおれた子狐の外皮を見回してみると、股の辺りに先ほど同様、俺の名前と「鬼火狐」という刺繍があった。器用なものだ。  その瞬間、背後から「ガタッ」という音がした。思わず息を止める。おそるおそる後ろを振り返ってみると、箪笥の一番下の引き出しが、お札を引きちぎって開いていた。まんなかから避けたお札が、風など吹いていないのにゆらゆらと揺れている。  腕時計へ目を落とすと時刻は十二時を過ぎてしまっていた。とうとう俺の命日がやってきてしまった。 昔は人の笑顔を見るのが好きだった。困っている人がいれば助けようとしたし、街のゴミ拾いなんかも進んでやった。それがどうしてこうなってしまったのか。会社のためとは言え、人を不幸にするような行いに手を染めたのだから、俺はこの結末を受け入れるべきなのだろうか。  突然、すうっと冷たい風が肩甲骨の間を通り抜け、腰の辺りで停止した。背後に何かがいる。決して振り返ってはならないと本能が告げてくる。しかし、振り返らずにはいられなかった。その先で、赤く濁った目と視線が交差した。
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