呪い殺され前夜

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「う、うわあああ!」  そこにはやつれた様子の女が立っていた。髪はぼさぼさで、白い装束のようなものを身に纏っている。ああ、俺はとうとう死ぬのか。人を笑顔にする仕事をしたいと思っていた結果がこれか。やけに心臓の音が大きく聞こえる。この心臓も翌朝には動くのをやめ、俺は冷たい肉塊になるのだ。  いや、そんなの許せるか。大体、悪いのは俺ではなく、それを強いた会社のほうではないか。俺に家庭なんてものはないが、親の介護だってある。まだ死ぬわけにはいかない。しかし、この状況をどうしのぐか。怪異と戦っても勝ち目がないことはなんとなくわかる。  俺はさきほど見た、自分の名前が書かれた人形たちを思い出した。よくわからない文字たちが俺を呪う怨霊の名前で、俺の名前が呪われる側だとしたら。 視界の上部から黒い髪がフェードインしてくるのをかき分けながら、俺は箪笥のほうへと急いだ。何か書くものはないか。お札を剥がしながら箪笥を上段から確認していると、三段目でようやく墨と筆、それから硯を見つけた。  まずはキューピー人形を手にする。そして八頭身の女の人形に入っていた紙を拾うと、キューピーの頭内部に書かれた俺の名前を墨で塗りつぶし、その隣に「礫蛇螺尼奴」という女の人形の名前を書いてやった。次に子狐のぬいぐるみに刺繍された俺の名前に墨を塗りたくり、その横に「白坊」というキューピーの名前を書いてやる。他の人形たちも俺の名前を消し、その隣に別の怨霊の名前を書いてやった。  最後に女の人形に入っていた紙を取り出し、筆を握る。その時、突然呼吸が苦しくなった。首筋がぐっと冷たくなり、自分が背後から何者かに首を絞められていることに気づいた。薄くなっていく視界のなか、「鬼火狐」の文字をなんとか書ききる。すると首に回っていた手がすっと離れ、支えを失った俺はその場にばたんと倒れ込んでしまった。
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