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男は幼少期から、自分の状況をよく理解していた。強国に挟まれ緩衝地帯のようになっている王家に生まれ、周囲の国の動向に怯える家族を眺めて育った。父王も兄達も凡庸で、強国に攻められればなす術なく滅びてしまう。国は豊かとは言い難く、私利私欲に溺れる重臣も見かけた。
滅びるのは時間の問題だと、幼い頃から理解していたのだ。だから男にとって、これは予想外の事態では無い。眺め続けた景色の果て。いつか訪れると知っていた運命の終着点だ。
されども、未練が全く無いという事は無い。
「今、国はどうなっている?」
王位継承権が低いとはいえ、長らくこの国を治めた王族の一人として国のー国民の事は気にかかる。何ができる訳でもー今まで何かできた訳でも無いが、知りたいと思う。勿論、目の前の友人が語る事が真実とは限らないが。
「今度革命のリーダーが音頭をとって、議会を開く。それで王に替わる代表を選出し、国を整備していく」
「へぇ?お前も議会に呼ばれてるのか?」
「…いいや。俺には学がない」
勿体ない。男は口まで出かかったその言葉を、辛うじて飲み込んだ。友人は学校へ行けなかったと聞いている。
一応、読み書きや簡単な計算を教える無償の学校はあった。それでも、行けるかどうかは家の状況次第だ。家族をー子供を労働力としか考えていない人間は、子供を学校へ通わせない。そんな事よりも働いて稼いでもらった方がいい。そんな家庭がいくつもあった。
知っていた。けれども、男にはどうしようも無かった。
「周辺の国は?」
「表面上は、どこも目立った動きはない」
本当に知らないのか、知っていて黙っているのかー。前者なら彼の立場はそう良いものでは無いのだろう。せっかく命をかけてクーデターに参加したのに、あんまりではないか。
感情だけで考えれば、そうだ。しかし男の中の冷徹な部分が、それは妥当であると納得している。さっき本人が言ったように、彼には学が無い。そんな人間に重要な仕事を任せられない。簡単な仕事しか任せられないなら、高い給料を支払う事はできない。高い給料には当然、機密保持の為の口止め料も含まれている。畢竟、彼に重要な情報は渡されない。
友人はきっと、あくせく働かされて捨てられる。言い方は悪いが、重用される事は無いだろう。生まれが悪い。貴族社会だからではない。人間は誰しも、相手の背景を見てしまう。
「この結末で、おまえは幸せになれるのか?」
唇を噛み締めて答えない友人を見て、男は薄く笑う。自分の未来は初めから存在しなかった。けれど、だからと言ってー友人を道連れにしようとは思えなかった。
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