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牢の外から
高く、高く月が輝いていた。昼間の茹だるような暑さと対照的に、シンとした冷気が大気に混ざり込んでくる。
人気の無い街路を、男が一人で歩いていた。夜に帽子を目深に被る姿は怪しさを放っているが、それを咎める人影は少なくとも目視できる範囲には見つからない。
街灯の下で立ち止まり、手紙を取り出す。それは三年会っていない友人の訃報を知らせる物だった。
王政を廃してから、三年の月日が流れた。それはつまり、男の友人が辺境へ幽閉されてから三年の月日が流れたという事だ。
最後に会ったのが友人が移送される前夜。その時も動揺した様子は無く、自分の未来を諦めているような雰囲気が腹立たしかった。王族に生まれながら何の責務も果たさず、滅びの運命に抗う事もなく受け入れたその姿が。幽閉を告げた時の「そうか」というそっけない返事が、酷く腹立たしかった。
けれども、何よりも腹立たしかったのは何もできない自分自身に対してだった。同じだったのだ。友人の為に何もしてくれない彼と、友人の為に何もできない自分がー同じだったのだ。
多少軽蔑があったとは言え、友人と同じような生き物であるのが絶望の理由ではない。究極、彼の事などどうでもいいのだから。
何かできると信じていた。何者かになれるのだと、信じていた。何もできないのは国が悪い。だから、このクーデターが成功したら自分だってー。寧ろ、このクーデターを成功させてやるとー。
全ては夢のような話で、幻のように脆く崩れ去った。男が成した事など、何一つ無かったのだ。クーデターの時も、その後も。
ただ大きな流れに押し流されて、友人の為に何もできず時が流れた。周りは急速に変わっていくのに、自分だけが取り残されたような気分になる。景色と自分の速度が違いすぎて吐き気がする。周囲の音が歪んで頭蓋内で反響して気持ちが悪い。
ズルズルと、柱に縋って座り込む。石畳の間にびっしりと生えた雑草が目に入る。石畳の手入れで抜かれたりはしているのだろうが、しぶとく生きているらしい。
しぶとさで言えば男もそうだった。貧民として生まれて、よく生きたものだ。
「俺の悪運もここまでか…」
ドロリと、口から血を吐き出した。手足は痙攣し、涼しい夜としては異常なほど発汗している。
誰が邪魔に思ったのか。明日の調印式の前に掃除でもするかと思われたのか。
男は国の夜明けー隣国がこの国の独立を認める式典の前に息を引き取った。まだ真夜中の事であった。
終
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