千客万来

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千客万来

 食事を終えて場所を談話室へと移した一行はそこで、詳しい話となった。 「ところで、本当に何故アリアナがここにいるのでしょうか?」 「昨日暴漢に襲われそうになっている所にたまたま居合わせてな。怪我もしていたのでそのまま此方で保護したんだ」 「怪我!」  驚いたレスターが座っているアリアナへと駆け寄る。そして全身を見回し、足の包帯に気づいて床へと膝をついた。 「こんな……痛みは? 怪我の程度は」 「逃げている間にガラスで切ったようです。幸い傷は深くなく、腫れや発熱といった症状もありません。傷も残らないと思います」  ランバートが説明をすると、レスターは安心したように息をついた。それでも心配そうに傷ついたアリアナの足に触れたままだ。 「もう、そんなに心配しなくて大丈夫ですわ」 「小さな傷でも油断はできない。浅いからと放置した結果、そこから腐って手足を失った仲間を昔に多く見た。それに君の綺麗な足に傷が残るのは了解できない。何者か知らないが、見つけたら必ず後悔させてやる」  そう言うレスターの表情はなんだかよく知っている。流石兄弟、アシュレーに似ている。 「レスター、この街で起こっている事は概ねアリアナから聞いた。捜査は進んでいるか?」  ファウストの問いかけに、レスターは苦々しい様子で首を横に振り、アリアナの隣に腰を下ろした。 「正直、行き詰まっております。彼女の所属する劇場の現オーナーであるフィランダーはこの街の有力貴族と結びついておりまして、そこに踏み込めません」 「ダーニア侯爵とかいう奴か」  ファウストの問いかけに、レスターは素直に頷いた。 「由緒正しいこの街の貴族でもあり、幾つもの事業にも融資している男ですが、あまりいい噂はありません。過去三回ほど結婚しておりますが、妻への暴力や浮気を繰り返し離婚。近年は愛人を囲っているようですが、相手が歳を取ると捨てるを繰り返しております。子供もいたそうですが幾らかの金を渡して妻に押しつけるか養子に出しているとか」 「最低ですね」  ランバートの率直な感想には誰もが頷く。女性の敵どころの話ではないゲスな話だ。 「なんでも、自分の金を自分以外に使われる事が我慢ならないそうです。融資をするのはその金で虚栄心を買っているようです。他人に褒め称えられる事を好むようです」 「そんなのが私を妻にって所望したの。だから逃げたのよ」 「!」  辟易した様子で言ったアリアナだが、それを聞いたレスターの表情が引きつった。そして次にはあからさまに殺気だった。 「君を追いかけていた奴らか」 「あれはフィランダーの犬よ。でも、私に結婚を申し込んできたのはダーニア。すっごく評判悪いのよ。若い舞台女優や歌姫に声をかけてはいい事言うけれど、がめつくて最低」 「そんな男が詐欺師まがいの男と手を組んで劇場を乗っ取って所属の女性を斡旋していると?」 「そう考えてはおりますが、証拠がありません。斡旋された貴族からの金の流れに関わる書面などが出れば取り調べもできますが、まずそこに踏み込めません。何より女性達は自分の手で婚姻届に署名していますし、彼女や彼女の家に多少の金は渡っていますが男性側から女性家族に支度金を渡すのは暗黙のルールのようなもの。不審ではありません」  確かにそうなのだ。女性の斡旋や結婚の強要を問うならば確固たる証拠がなければ難しい。例えばフィランダー側と斡旋された貴族との譲渡したと思われる書面と金の譲渡書類だ。 「現在、その女性達がどのような状態かも分かっていないのですよね?」 「あぁ。結婚後、家から出た姿も見ていないらしい。だがどれも子女への暴行や多数の離婚歴のある男、浮気癖のある者ばかりだ。ここの男はどうも女性を商品のように見る者が多いようで頭が痛い」 「華やかな街の裏の顔よね。確かに若い舞台女優や歌手が貴族のパトロンを求める事は多いし、内縁の妻や愛人になる事も多いけれど。だからって誰でもいいわけじゃないわ」  辟易した様子でアリアナが言うのに、ランバートもファウストもただ頷くしかなかった。 「そうなると知られずに侵入して証拠を見つける必要があるが……暗府を呼ぶには時間が必要だな」 「騎士団が動き出したと悟られるのもアウトだよ。奴ら、きっと簡単に証拠隠滅する」 「そもそもの証拠もあるかどうか分からない。足のつくものは契約成立後、早々に破棄している可能性もある」 「女性だけでも現状を把握し、必要ならば保護したいとは思うのですがどのような理由をつければ面会が叶うかも分からない状況です。我々ではこれが限界なのかと、非常に腹立たしい思いをしております」  レスターは本当にそう思っているのだろう表情をする。底冷えするような怒り方なのだが顔が崩れない。それもまたアシュレーを彷彿とさせた。  そんな時、微かにノッカーの音が響いた。 「誰か来たか?」 「予定はないよね?」  ランバートもファウストも顔を見合わせる。今日はレスター以外は呼んでいないはずだ。  廊下からナイジェルの「困ります」という声がしている。これで足音が硬ければ警戒するのだが、どうにも軽い。続いて聞こえた声に、今度こそランバートは頭が痛かった。 「大丈夫よ、アーサーにも了解取ってるし。あっ、それともお楽しみ中かしら?」 「…………」  気遣わしい視線を感じる、主にファウストから。そしてランバート本人はプルプルと震えていた。  やがて談話室の扉が開いて、よく知っている女性が顔を見せる。流れる金髪にゴージャスなコートを着たシルヴィアが、背後にハムレットとチェルルを従えてきたのだ。 「ランバート、きちゃった」 「きちゃったじゃないだろ、母上! 来るなら俺にあの重たい買い物させなくても良かったじゃないか!」  顔を赤くして訴えるランバートに向かい、母シルヴィアはぺろっと舌を出して謝る風な態度を取るが、絶対に悪いと思っていないんだ。  その後ろでハムレットが溜息をつき、チェルルが苦笑している。 「買ってくれたのは有り難いわ。あっ、まだある? あるなら帰りに引き取るわよ」 「ある。もう、なんで来たのさ」 「だって、久々にここのスパで全身磨いてもらいたくなったんだもん。それに、ハムレットも腰痛いって言うし、チェルルちゃんももっと磨きたいじゃない!」 「母上! チェルルで遊ぶのはやめてくれってあれほど言ったじゃないか!」 「可愛い息子をより可愛くしたいという親心じゃない。大丈夫よ、磨いて返すから」 「余計なお世話だ!」  つまり、暴走する母に巻き込まれたチェルルが心配でハムレットもついてきたということか。  ファウストは笑い、ランバートは溜息をつく。残る二人は呆然だ。 「それよりランバート、貴方新婚旅行にきたのよね?」 「そうだけど?」 「また面倒事に首突っ込んだの? 何やら深刻そうだけど」  室内をぐるりと見回し、わざとらしく笑みを浮かべて首を傾げる母シルヴィアを前に誤魔化せはしない。早々に何事かを全て吐かされるのはもう予想通りの事だった。  新たに三名を加え現状を話すと、シルヴィアは思いのほか真剣な顔をした。 「なるほどね。それで、貴方たちは何をしようと言うのかしら?」 「女性の保護……出来れば婚姻の破棄。そして病巣の切除」 「なるほどね。まぁ、やれるでしょ。チェルルちゃん、どう?」  シルヴィアに話を振られ、チェルルが真剣な様子で考える。だが意外にも表情は硬かった。 「面倒、かな。あるかどうか分からない書類を探すのは困難だし、時間がかかる。しかも家主に見つからないようにとなると時間がかかる。でもこの問題、あまり時間をかけて不信感が高まると隠滅の恐れがでてくる。証拠は紙だからね、燃やされたらお終い」 「何が面倒だ?」 「まず家主をどこかに長時間留めておきたい。そういう物って大抵、プライベート空間に置くんだ。主に私室や寝室、秘密の部屋があればそこ。当然鍵のかかる場所にあるだろうから開錠の時間もいる。家捜し兼ねて二時間は欲しい」  これが複数の家となれば確かに難しい。しかも入られた事に気づかれたらアウトだ。 「ダーニアとフィランダーの所が一番何か残ってそうだから、まずはそこ二つの捜索だけど……どうしようかな」  何かしらの要件で呼び出しというのも考えられるが、では何の要件で呼び出せる。強制力のある拘束となれば現行犯が一番だが、そもそもそんな下手は打たないだろう。  男性陣はまったくもって困り果てるが、一人パンと軽やかに手を打つ人がいた。 「あら、それなら簡単よ。パーティーを開きましょう」 「……はぁ?」  シルヴィアの酷く明るい声にランバートもファウストも首を傾げる。ついでにレスターもだ。そしてハムレットは溜息をついている。 「私はこれでもそこそこ有名人よ。それに四大公爵家の夫人。お金や権力が好きな好色男達にとっては是非ともお近づきになりたい人だと思わない?」  ……確かにそうかもしれない。野心のある者なら王都での権力も強い四大公爵家とお近づきになり、何かしらのとっかかりにと思うだろう。しかもその相手が美女と名高いシルヴィアなら、一目見るだけでも来る可能性がある。  だが、規模が凄そうだ。 「二時間と言わず三時間でも四時間でも、疑われずいい気持ちのまま引き留められるわよ。ついでに情報収集も出来ていいじゃない。酒といい女を前に口を滑らせない男はいないわ。ほんの少し指先でクルクルクルっとして微笑めば、大抵の男は鼻の下伸ばすのよ。あっ、結婚相手ならそういう男を選んじゃだめよ?」 「誰に言ってるんだよ、まったく。けど、確かにこれなら」  チェルルにも視線を送るが頷いている。表情が晴れやかだ。 「フィランダーはどうおびき寄せる」 「余興を頼むなんてどうかしら? 劇場にはまだ女の子いるはずだし、あいつも野心家だもの。こんな大きな話に飛びつかないはずがないわ」 「あら、いいじゃない! でも、アリアナちゃんはここでお留守番。見つかったら大変だもの」  そう言い含められると多少言いたい事がある様子だが、隣のレスターが心配顔をするので約束した。 「じゃ、僕は裏の方に少し回ってダーニアの金の流れを調べておくよ。こういう手合いに金を持たせておくとろくな事はないからね。絞り取ってからだ」 「兄上?」  嫌な顔をするわりに協力的はハムレットに視線を向けると、彼は溜息をついて困った顔をし、傍らのチェルルの頭を撫でた。 「早く終わらせて温泉入りたいの。それに、チェルルと旅行だし。聞いたら放っておけないからね、家の猫くんは」 「先生」 「気もそぞろにされると僕が寂しいから、終わらせてのんびりしよう。猫くん、それでいい?」 「勿論! 先生大好き!」  満面の笑みを浮かべるチェルルに、ハムレットは僅かに顔を赤くする。こういうのを見るとこの二人の関係も良好なのだと知れて少しホッとした。 「さて、では動きだそうかしら。あと、ランバートもパーティーには出席なさいね。流石に私一人では捌ききれないわよ」 「いいけど、俺男だよ?」 「私の服貸したげる。当日はうんと美人にするわよ。そうね……私の姪ってことにしましょう!」 「な!」  思わぬ難題にランバートは引く。が、許して貰える感じが一切しない。シルヴィアは笑顔に迫力と圧を加えている。 「ファウスト……」 「あぁ、まぁ……頑張れ」 「そんな!」 「ファウストにはランバートの婚約者ってことで来て貰うわよ。設定は、婚約した可愛い姪とその婚約者を連れて体磨きに来たってことにしましょう!」  この提案に今度はファウストが引きつった顔をする。この人もパーティーが苦手な人だ。 「俺はオスニエル子爵の荘園に今一度行き、調べてみます。時間も経ってはいますが、何か新しい事があるかもしれません」 「オスニエル?」 「フィランダーが乗っ取った劇場の元持ち主だよ。果樹園を経営していて、そこで作ったアボガドから天然油を抽出してヘアオイルやボディオイルを作っていたんだ」 「あら! その人、私もお近づきになりたいわ!」 「え?」  妙にヤル気なシルヴィアに引くが、彼女はうっとりと微笑んでいる。 「今王都で石鹸がブームになりそうなのよ。特に美容効果のあるものは貴族の間だけじゃなく、庶民の間でも人気があるの。アボガドオイルも魅力だし、果樹園ってことは養蜂もしていそう。それなら蜜蝋が取れるわ。高級なのが作れるわよ」 「買い取ろうって?」 「それじゃダメ。そうね……協力者かしら。販売は私が、製造や研究はそのオスニエルさんが。話し合って商品開発を重ねて、いい物をしっかりと売るのがいいわね」  案外、悪くない? シルヴィアが後ろ盾について出資者となれば下手に手を出してはこないだろうし、直ぐにわかる。資金が安定すれば劇場を買い戻す事もできるだろう。そして本当にいいものが出来ればお互いの利益になる。まさにヒッテルスバッハのやり方だ。 「よし、やる気が出てきたわよ! 明日早速オスニエルさんにコンタクトを取りましょう。ナイジェルにはパーティー会場を押さえてもらって、招待状も出さないと。数日中にはパーティー開くわよ」  なんだか、あれよあれよと話が決まる。しかも同意を得ていないのに決定事項として。まぁ、これ以上の策が思い浮かばないのだからこれでいいのだが。  ファウストを見ると苦笑している。だが、案外楽しそうだ。それならいいのだろうとランバートも思う。何よりこのまま放置するのは寝覚めも悪い。  何だかんだと始まった大作戦に、ランバートも少し悪い気はしなかったのだった。
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