幸運の女神?

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◆◇◆  夕食も食べて頃は夜の八時を過ぎた。不夜城はここから輝きを増すと言ってもいい。ガス灯の明かりは夜を照らし、店の明かりと音は賑やか過ぎるくらいだ。客引きの男が声高に今日の演題をそらんじてみせ、セクシーな舞台衣装の女優も出てきて誘惑をする。そんな中をランバート達は国営のカジノへと向かっていった。  国営カジノは国が主導している、比較的安全なカジノだ。チップは一晩で金貨十枚までしか持てず、ゲームが公平であるかスタッフが監視している。イカサマをしないことが絶対条件である。  カード、ルーレット、カップの三大ギャンブルの他、客同士の賭けゲームも安全に行われる。ダーツ、ビリヤード、チェスなんかは最初に掛け金をスタッフに払い審判を頼み、勝てば相手の賭け分が貰える。  ランバートもチップに換金して楽しむつもりでいた。レイバンやチェスター達とはよく飲みの席でカードをやる。勝てば酒を奢ってもらったりするのだが……。 「うわ……」  開始一時間、何故かランバートの目の前にはチップの山が出来ている。 「イカサマか?」 「いや、スタッフが二人がかりでついてるけど違うらしい」 「持ってるだけにしてはな」  周囲の客がひそひそしているのを聞くのは居心地が悪い。ランバートは勿論イカサマをしたりしていない。ただ、周囲の客があまりに弱い。 「ランバート?」  声に振り向くとファウストが驚いた顔でいる。そして彼も順調に掛け金を増やしていた。初期の持ち金が金貨五枚(五万円)だったのに、今手元には金貨八十枚ほどのチップがある。 「えっと……俺、抜けます」  チップをスタッフが丁寧に袋に入れてランバートに押しつける。別に元金だけでいいんだけれど、それはダメなようだ。結局持たされた。 「勝負強いな」 「俺が強いんじゃなくて、回りが弱いんだよ。どうしてあの持ち札でベットするの? 意味が分からない。ファウストは?」 「あぁ、カップをやっていたんだが……動体視力が良すぎるんだろうな」 「あぁ、全部見えた?」 「途中からわざと外した」  これにはランバートも笑ってしまった。  さて、困ったのはこの手元のチップだ。そして周囲の目がちょっと怖い。これで豪遊! というのも、なんだか。 「これ、どうしようか」 「まぁ、最悪あとで寄付してもいいだろう。とりあえず今日は悪目立ちが過ぎた、出よう」 「だね」  ふと、シルヴィアが言っていた事を思い出した。彼女もまた一人勝ちが過ぎてここを出禁になったとか。勿論イカサマはしていないが、引きが強すぎるらしい。  もしや、遺伝か? そんな恐ろしい考えがふと過ぎり、ランバートは苦笑するのだった。  行きは気楽だったのに帰りは随分と懐が重くなった。無事に店を出たが宵の口でもある。どうしようかと話していると不意に、女性の悲鳴のようなものが聞こえた気がした。 「ファウスト」 「あぁ」  視線は建物と建物の間の細い路地へと向けている。確かにこの方向からだった。そして二人が聞いているのだから、聞き間違いとは思えなかった。  ランバートが先頭に立って路地を進む。細いとはいえ大人の男がすれ違うくらいの余裕はある。  どうやら表の劇場の裏口のようだ。薄暗い道を進むうちに足音が聞こえてくる。複数だ。 「近いな」 「あぁ」  トラブルだろうか。そう思い、更に道を行こうとしたランバートは突然脇道から人が飛び出してくるのに目を丸くした。  簡素なドレス姿だが、綺麗な女性だった。綺麗な金髪を後ろで結い、瞳は大きな緑色。頭が小さく、口も小さく、ただ気は強そうに見えた。  ほぼ出会い頭にぶつかったランバートが女性を支えて踏みとどまる。ぺたんとした靴ではあるが随分と汚れて見えた。それに手や足に細かな傷も見える。何より彼女が飛び出してきた方向から、複数の足音が聞こえてきていた。 「助けて……助けてください、お願いします! 暴漢に襲われています!」  ランバートを見上げた女性が訴えるのに、ランバートは先を睨む。そしてそんなランバートの前にファウストが立ち塞がった。 「こっちか!」 「なんだ、お前等」  ざっと三人の男が此方を睨み付けている。酷く不快な感じがした。 「その女を渡してさっさとどっかに行けよ。連れてかねーと俺達がヤバい」 「借金のカタだからな」 「違うわよ! 私は生れてこのかた金なんて借りた事もないわ!」 「お前の雇い主が金借りてんだよ!」 「知らないわよ!」  ランバートに縋りながらも言葉は気丈さを保っている。そして彼女の言い分が正しければこれは立派に犯罪だ。 「ファウスト」 「下がってろ、すぐだ」 「なんだとこの野郎!」  荒っぽく振りかぶった一人がファウストへと拳を向ける。だが、ファウストは避ける事すらしない。片手で軽々と拳を受けるとそのまま強く握り、更には手を払い足を払って地面へと簡単に転がした。 「何しやがる!」 「それはこっちのセリフだ。罪のない女性を追い回し、一般人に手を上げるというのはいただけない」  ……一般人ではない。  思わず冷静にツッコんだが、まぁ、休みだしな。  その後、同じように他の男も向かっていったが子供の稽古以下だ。なんなら再度立ち上がって向かってきたが実に簡単に地面に転がる。いっそ面白い見世物状態だ。 「強いわ」 「まぁね」  唖然と見ている女性に微笑みかけ、ランバートはしゃがむ。どうにも彼女の足元が気になっていたのだ。  暗がりだが見えないわけじゃない。見るとやはり、片足から血が流れていた。ガラスにでも引っかけた感じだ。懐からハンカチを取り出し、とりあえずギュッと結ぶ。そして彼女に背中を向けた。 「負ぶさって。それじゃ歩くの辛いでしょ」 「でも、流石に重くないかしら」 「鍛えてるから大丈夫。ファウスト、終わった?」 「あぁ、とりあえず」  見れば完全にノックアウトだ。酷い怪我はしていないまでも、完全に伸びている。 「切っているな」 「とりあえず屋敷に連れて行ってもいいかな? 事情もありそうだし」 「あぁ、そうだな」  女性を背負い、ファウストが肩から上着をかける。そのまま表に出て馬車を拾い、三人でシュトライザーの別宅へと戻った。
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