とある女優の奮闘

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◆◇◆  夕食の買い物をして屋敷に戻ってくると、予想外の光景が広がっていた。 「アリアナさん、洗濯なんていいので足を気遣ってください!」  確かにカラッとした冬晴れの日だったけれど、彼女は足に怪我をしている。にもかかわらず洗濯物を取り込んでいるのを見て慌てて声をかけたのだ。  だが彼女はカラカラと笑っていた。 「大丈夫よ、痛まないし腫れもないわ。それに私、洗濯とか掃除とか得意なのよ。なんなら繕い物も上手いけれど」 「色々出来るんだな」  感心しながらもファウストは彼女の取り込んだシーツをそっと取り上げた。ナイス。  そうしたさりげない仕草にアリアナはちょっと驚いて、その後少し恥ずかしそうな顔をした。 「貧乏劇場じゃ衣装も自分たちで作るし洗うのよ。ナイジェルさんに聞いたらクリーニングに出すっていうから私が洗ったの。確かにいい服着てるけど、案外丈夫で洗いやすい生地だったし」 「旅装だからね」 「そういえば、馬屋の馬にもご飯とお水あげたわよ」 「大丈夫だったか! 黒い方は気性が荒かったと思うが」 「ちょっと髪の毛食べられたけれど平気だったわよ?」 「フリム、実は女性には穏やかなんじゃないか?」 「今更相棒の意外な一面なんて知りたくなかったな……」  ファウストが案外ダメージを負っていた。その様子に、ランバートはけっこう笑ってしまったのだが。  何にしても彼女を促して中に入るとナイジェルがいて、今夜レスターが来ることを知らせてくれた。  アリアナはどこか落ち着かない様子でいる。ほんの少し頬が染まっているようにも見えるが、それは一瞬の事。おそらく……とは思うのだが、本人が言わないつもりでいるなら今はいい。そう思い、ランバートは夕食の準備を始めた。  夕食時になり、食卓に料理が五人分並ぶ。今日はペスカトーレに豆苗の生ハム巻き。ドレッシングにオリーブオイルとレモン汁、これにバジルを散らした。スープはあっさりとかき玉にしておいた。ほうれん草と芋のキッシュもいい感じだ。 「貴族様ってこんなに料理上手なの!」  味見をするアリアナが目をキラキラさせながらそんな事を言うのにランバートは嬉しくなるし、ファウストは笑う。 「そいつが特別だ。普通はやらないさ」 「そうよね! それにしても本当に美味しい……レシピ、教えてほしいわ」 「いいよ、後で書いておく」 「本当! 親切ですわ、ランバートさん」  こんな事で喜んで貰えるならいくらでも。約束をして、テーブルのセッティングが整った位にノッカーが鳴った。  ナイジェルが出て、程なくダイニングに一人の青年が現れる。初めてのはずだが見慣れた印象が強い。そのくらい、その人物はアシュレーに似ていた。  髪はスッキリと耳が見えるくらい短い銀髪で、目元は兄弟らしく切れ長で鋭く厳しい印象がある。これに銀フレームの眼鏡を掛けているから余計にだ。長身で、細身だがしっかりと締まった感じがある。  彼はファウストを見てきっちりと折り目正しく一礼をし、ランバートとアリアナを見て目を丸くした。 「アリアナ! どうして君がここにいるんだ」 「レスター様、これには色々とありまして」  驚きと共に焦りを見せるレスターに対し、アリアナは少し慌てて弁明している。この様子で自分の考えがある程度当っていると確信し、ランバートは笑って一礼した。 「初めまして、レスター様。ランバート・ヒッテルスバッハと申します。アシュレー様には日頃からお世話になっております」 「あっ、あぁ。話は聞いている、ランバート殿。ファウスト様が大変お世話になっている。王都騎士団は何かと大変だっただろう。力になれず申し訳ない」 「いえ、そのような事は。地方が治まっているからこそ安心して事に当たれるというものです。まずは食事にいたしませんか? ファウストも、それでいいだろ?」 「あぁ、そうしよう。せっかくの食事が冷めてしまっては勿体ないからな」  ファウストが立ち上がり、レスターは手土産のワインをナイジェルに手渡している。そうして全員が席につくのにもレスターは驚いたようだが、ファウストもランバートもまったく気にしていない。普段大人数で食べているのだから当然だ。 「本当に美味しいわ……ランバートさんって、何者?」 「王都で騎士をしているんだよ。ファウストも」 「そうなのね!」  驚いているアリアナが楽しそうに笑う。その隣でレスターは戸惑っていた。 「どうしたレスター? 随分と大人しいが」 「あぁ、いえ。ファウスト様がプライベートでいらっしゃるというだけで驚きですが、まさか新婚旅行だとは。更にアリアナまでいるという状況について行けていないというのが正直な所です」 「え! ランバートさんとファウストさんって新婚旅行なの! あっ、騎士団は男の人同士でもいいんでしたっけ?」 「こらアリアナ! この方は……」 「まぁ、いいじゃないかレスター。確かに俺達は新婚旅行中で仕事で来たわけじゃない。がっ、どうにも見過ごせないようだからな」  ファウストが穏やかに言う。これにはランバートも真剣に頷いた。 「ところでレスター、随分と彼女と親しいようだが?」  ニッと人の悪い笑みを浮かべるファウストに見られて、レスターはグッと言葉に詰まっている。そしてチラリとアリアナを見て、大きな溜息をついた。 「……お付き合いはしておりませんが……親しくはしております」 「まだ、かな?」 「……」  くくっと笑うファウストを、レスターはジトリと睨んだ。 「アリアナさんは慕ってるよね?」  ランバートの問いかけに今度は彼女がギクリと手を止め顔を赤くする。その様子を見てレスターまで顔が赤くなるのだ。そんな二人が少し可愛く思えたということは、黙っている事にした。 「まぁ、追求はしないが。祝い事には呼んでくれ」 「分かりました」  苦々しい様子で言ったレスターだが、耳まで赤くなっては迫力も凄みもない。ランバートもファウストも顔を見合わせ、そんな二人を眺めて微笑ましく笑っていた。
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