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『シンくん……』
シンは声を聞いた。
つい先日まで、親の声よりも聞いていた声を。
愛しい声を。
愛した人の声を――
マナカの声を。
「マナ……カ……?」
『そうだよ。マナカだよ。シンくん、ほら、起きないと。敵が目の前だよ?』
「もう良いんだよマナカ……オレはもう充分闘ったんだ……十二分に、闘ったんだ。それでも届かなかった……守れなかった……お前との約束を……やっぱりオレは――何も持ってない……」
『何言ってんのさ! ほら! 早く目を開けて! ほら! ほーらー!』
「ありがとう……マナカ……」
『へ? 何言ってんの?』
「こんなオレを……何も持っていないオレを……愛してくれて、好きになってくれて、ありがとう。心の底から感謝しているよ……ありがとう」
『何言ってんのさ! 寝言は寝て言ってよ! シンくん! あなたはまだ――生きているでしょう!?』
「いや……オレは死んだんだ……オレは負けた。四又に……徳島の主に……そして――自分自身に……」
『だから何言ってんのさ! ほら、早く目を開けて! ほら! 目を開けたら分かるから――シンくん!!』
「目を開けなくても……分かるよ……オレは……」
『つべこべ言ってないで――起きろー!!』
バチンッと、ほっぺたを思いっ切り叩かれた。
シンは目を開ける。
頬がジンジンとする……夢じゃない。現実だ。
「一体誰が……」
『良かった、目が覚めたんだね!』
「え?」
シンが……恐らく先程自分の頬を叩いたであろう人物の姿を目にする。
目にした瞬間――
シンは身体が震えた。
それと同時に、目の奥がぐわっと熱くなった。
溢れて来る涙が止まらない……。
「う……あ……え? ほ、本当……なの、か……?」
『うん、本当だよ。シンくん』
「本物……なの、か……?」
『うん。本物……だよ。多分、一応……死んじゃってるんだけどね』
そう言って、照れ臭そうにハニカム声の主。
嗚咽混じりに……信じられないという想いと共に、シンはその名前を呼ぶ。
「マナカ……なのか……?」
『そ、私――マナカだよ』
そう名乗り、ニコッと笑う彼女の姿は、まさにマナカそのものであった。
その顔も、瞳も、鼻も、笑顔も、声も、香りも、身体付きも……マナカ本人だった。
亡くなった筈のマナカが、全身を金色に輝かせ、シンの前に居る。
間違いなく――居た。
「生き……帰ったのか?」
『そんな訳ないじゃん。人は死んだら蘇らない――これは常識だよ? シンくん』
「……だな。そうだよな……浮いてるもんな……フワフワと。……って事はアレか? 幽霊か?」
『まぁ……そう、なるの、かな? えへへっ、よく分かんない』
マナカは照れ臭そうに笑って、続ける。
『きっと……あの、砂時計の中に私は居たんだと思う』
「え? 砂時計の中に?」
『そ、砂時計の中に。だから私ずーっと……シンくんの事を見ていたんだよ? 沢山の猫又達と戦っている時も、あの三又を倒した時も……ずっと、ずーっと……見てたんだよ』
「……マナカ……」
『ずっと話し掛けてたんだけど……聞こえてなかったみたいで……でも、やっと話す事が出来た。嬉しいなっ』
「オレも……オレも、嬉しいよ……」
『そっか。えへへー……何か照れるな』
「だな」
『あ、そんな訳で、私、シンくんと話せたら、したいと思ってた事があったんだった』
「したい事……?」
『うん! えっとねー……ちょっと頭撫でるよ? 良いかな?』
「へ? 頭?」
『えいっ』
有無を言わせず、マナカは金色に輝く右手を、シンの頭の上に置いた。
そして優しく撫でながら……マナカは言う。
『よく、頑張ってるね……凄いよ。シンくんは……偉い偉い』
「ちょ……マナカ……恥ずいんだが……」
『いーじゃん。せっかく逢えたんだからさ。誰も文句言わないよ』
「あのなぁ……今は四又との戦闘中……あ! そうだ四又は!? そういやオレ、奴に串刺しされて……あれ!?」
シンは慌てて自分の腹部を確認する。
しかし、穴が空いた筈の箇所に、穴がない――傷が、塞がっている。
「ど、どういう事だ? オレは確かに串刺しに……」
『あ、あの傷だったら治しといたよ』
「へ? な……治しといた?」
『うん。治しといた。あのまま放っておいたら、死んじゃいそうだったから。私の力を使って、治しといた』
「マナカ……」
『ん? 何?』
「お前凄いな!!」
『そ、私は凄いの! でもね? シンくんはもっと……もっと、もーーーっと! 凄いんだよ!? だから、あの強い猫又を倒すのは――シンくんの役目!』
「オレの……役目か……」
『そ! シンくんの役目! 出来るよね? シンくん』
「ああ! 出来るよ!! オレなら――いや、オレとマナカ……二人なら!!」
『行こう! シンくん!!』
「行こう! マナカ!!」
そして二人は走り出す。
いや、厳密に言えば走り出したのはシンだけで、マナカはそれに着いて行く形だ。
フワフワと……まるで金色の砂時計の如く浮き上がり、彼の周囲で……着いて行くだけだ。
「マナカ! アイツはどこへ行った! 外か?」
『うん! 恐らく今頃、穴の中でネネちゃん達と交戦してる筈だよ! 大丈夫! まだあの猫が去ってから、そんなに時間は経っていないから!』
「おっけぇ!」
シンは走る――その身体に宿る力に、溢れて来る力に胸を躍らせながら走る。
彼は理解していた。
自分とマナカ――二人揃えば、倒せない敵はいないと。
シンとマナカの二人が揃えば最強だと。
絶対に勝てる――のだと。
それこそが、あの金色の砂時計の力……。
マナカの力だったのだと。
穴の中へシンが足を踏み入れると、予想通り……ネネが藍神の戦闘している最中であった。
シンが背後から叫ぶ。
「親化け猫ぉぉおぉおっ!! まだオレとの勝負が終わってねぇぞぉおおおっ!! 何逃げてんだテメェ!!」
藍神……だけでなく、ネネの手も止まり、先頭が中断する。
ネネとケンイチがフッと笑った。
まるで初めから――彼がここへやって来る事を理解していたかのように……。
藍神は冷や汗をダラダラと流し、青い顔色でシンの方へ振り向く。
「馬鹿な!? お主は間違いなく……串刺しにして、殺した筈だ!?」
「ああ、確かに串刺しにされた。けど、それが……オレの命を奪う程ではなかった――それだけの事だ」
「おのれ! ならば殺してやろう!! 何度でも……何度でも!! お主が死ぬまでなぁ!!」
藍神が藍色の水泡を数百放って来る。
しかしシンはもう……避けようともしない。
何もせず、その全てを受け止める。
その事実に、藍神は共学の表情を浮かべた。
「バ……カな……馬鹿な!! 傷一つ付かないだと!? 妾では駄目だと言うのか? 妾では――力が足りぬという事なのか!?」
「そういう事だ」
ケンイチが「くくく……」と笑い、呟く。
「なぁ……見とるか? サヤ……シンのあの目の色……もしもあの時……コイツらがおったら……まぁ、それも『たられば』なんやけどな……」
続けてケンイチは大声で叫ぶ。
「やったれシン!! 自分ら二人の力で――――その化け猫を……ぶっ潰したれ!!」
ネネもそれに続く。
「行けっ! シン!!」
シンの両親も。
「頑張れ!! シン!!」
「あなたなら出来る!! 私――信じてるから!!」
その他にも……人質とされていた県民全員が、シンへとエールを送る。
藍神は完全なるアウェー状態だ。
「くっ! こ奴ら……まだだ……まだ妾は負けておらぬ!!」
シンの足元から、先程串刺しにした太い槍を四つ作り出し、再び串刺しを試みるも……彼の身体に接触するや否や、ボキッと音を立て、儚くも、その槍は砕け散った。
「お前の家族の件……悪かったと思ってるよ……」
「!?」
「本当なら……お前の家族にも報いたいと思う。これは本心だ。本当に、そう思うよ」
「……本当か? 本当に……そう、思っているのか?」
「ああ……大切な存在を失う事の辛さを……オレは二度味わっている。悲しいよな……辛いよな……やるせないよな…………人類代表として、オレが謝るよ……申し訳ない」
シンがそう謝罪をしながら、頭を下げた。
キョトンとしている藍神。
予想外だったのだろう……。
そして藍神は、目に涙を浮かべながら、「にゃはは」と笑った。
「なるほど……大した男じゃ。妾の憎しみさえ抱え込むとは……」
「当たり前だろう。目には目を歯には歯を。これ迄虐げられて来たお前達が、人間を恨むのは当然の事だ。オレはこれからも……お前達猫又の憎しみも背負って生きていく。その上で――」
シンは自身の量の手の鉤爪を見せ付ける。
「オレは猫又を殺していく。人々を守る為……大事な人を守る為……大事な人の大事な人を、守り抜く為――その手段として、猫又を、亡きものにしていく」
「そうか……目には目を……ならば、逆もまた然り、という事じゃな」
「そういう事だ」
「良かろう……最期に闘った相手が……お主のような男であって良かった」
「オレも……徳島の主が、あんたみたいな家族思いの猫又で良かったよ」
「抜かせ……」
そう言い放ち、藍神は両手を広げる。
観念したと言わんばかりに。
「さぁ――一思いにやってくれ」
「ああ……」
シンは構える。
トドメの一撃を入れる為に。
『ねぇねぇシンくん』
「何だよマナカ、今良い所なのに」
『技名の事なんだけどね……』
「ん?」
マナカがシンに耳打ちする。
するとシンは笑った。
当然、他の者達からは、マナカの姿が見えてはいない。一人で笑って……何してんだ? 状態である。
ネネとシンの両親を除いて。
「何だそりゃ、ダセェな……」
『う、うるさいな! でも……これが一番――私達っぽいでしょ?』
「…………だな」
シンは納得した。
再び構える。
トドメの一撃を放つ為に。
「【勝利丿爪】……一の舞――」
技名と共に――シンが右の鉤爪をアッパーのように振るった。
「――向日葵!!」
次の瞬間――
藍神の真下から、金色の飛ぶ斬撃が出現し……。
その身体を真っ二つにした。
藍神の身体が灰のように消えてなくなって行く……。
その様子を、シンは金色の瞳で見つめる。
「せめて……向こうでは家族仲良く過ごしていられるよう。祈っておくよ」
シンは……祈るように、小さくそう呟いたのだった。
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