人間と猫又

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 10 『シンくん……』  シンは声を聞いた。  つい先日まで、親の声よりも聞いていた声を。  愛しい声を。  愛した人の声を――  マナカの声を。 「マナ……カ……?」 『そうだよ。マナカだよ。シンくん、ほら、起きないと。敵が目の前だよ?』 「もう良いんだよマナカ……オレはもう充分闘ったんだ……十二分に、闘ったんだ。それでも届かなかった……守れなかった……お前との約束を……やっぱりオレは――何も持ってない……」 『何言ってんのさ! ほら! 早く目を開けて! ほら! ほーらー!』 「ありがとう……マナカ……」 『へ? 何言ってんの?』 「こんなオレを……何も持っていないオレを……愛してくれて、好きになってくれて、ありがとう。心の底から感謝しているよ……ありがとう」 『何言ってんのさ! 寝言は寝て言ってよ! シンくん! あなたはまだ――!?』 「いや……オレは死んだんだ……オレは負けた。四又に……徳島の主に……そして――自分自身に……」 『だから何言ってんのさ! ほら、早く目を開けて! ほら! 目を開けたら分かるから――シンくん!!』 「目を開けなくても……分かるよ……オレは……」 『つべこべ言ってないで――起きろー!!』  バチンッと、ほっぺたを思いっ切り叩かれた。  シンは目を開ける。  頬がジンジンとする……夢じゃない。現実だ。 「一体誰が……」 『良かった、目が覚めたんだね!』 「え?」  シンが……姿を目にする。  目にした瞬間――  シンは身体が震えた。  それと同時に、目の奥がぐわっと熱くなった。  溢れて来る涙が止まらない……。 「う……あ……え? ほ、本当……なの、か……?」 『うん、本当だよ。シンくん』 「本物……なの、か……?」 『うん。本物……だよ。多分、一応……』  そう言って、照れ臭そうにハニカム声の主。  嗚咽混じりに……信じられないという想いと共に、シンはその名前を呼ぶ。 「マナカ……なのか……?」 『そ、私――マナカだよ』  そう名乗り、ニコッと笑う彼女の姿は、まさにマナカそのものであった。  その顔も、瞳も、鼻も、笑顔も、声も、香りも、身体付きも……マナカ本人だった。  亡くなった筈のマナカが、全身を金色に輝かせ、シンの前に居る。  間違いなく――居た。 「生き……帰ったのか?」 『そんな訳ないじゃん。人は死んだら蘇らない――これは常識だよ? シンくん』 「……だな。そうだよな……浮いてるもんな……フワフワと。……って事はアレか? 幽霊か?」 『まぁ……そう、なるの、かな? えへへっ、よく分かんない』  マナカは照れ臭そうに笑って、続ける。 『きっと……あの、の中に私は居たんだと思う』 「え? 砂時計の中に?」 『そ、砂時計の中に。だから私ずーっと……シンくんの事を見ていたんだよ? 沢山の猫又達と戦っている時も、……ずっと、ずーっと……見てたんだよ』 「……マナカ……」 『ずっと話し掛けてたんだけど……聞こえてなかったみたいで……でも、やっと話す事が出来た。嬉しいなっ』 「オレも……オレも、嬉しいよ……」 『そっか。えへへー……何か照れるな』 「だな」 『あ、そんな訳で、私、シンくんと話せたら、したいと思ってた事があったんだった』 「したい事……?」 『うん! えっとねー……ちょっと頭撫でるよ? 良いかな?』 「へ? 頭?」 『えいっ』  有無を言わせず、マナカは金色に輝く右手を、シンの頭の上に置いた。  そして優しく撫でながら……マナカは言う。 『よく、頑張ってるね……凄いよ。シンくんは……偉い偉い』 「ちょ……マナカ……恥ずいんだが……」 『いーじゃん。せっかく逢えたんだからさ。誰も文句言わないよ』 「あのなぁ……今は四又との戦闘中……あ! そうだ四又は!? そういやオレ、奴に串刺しされて……あれ!?」  シンは慌てて自分の腹部を確認する。  しかし、穴が空いた筈の箇所に、穴がない――。 「ど、どういう事だ? オレは確かに串刺しに……」 『あ、あの傷だったら』 「へ? な……治しといた?」 『うん。治しといた。あのまま放っておいたら、死んじゃいそうだったから。私のを使って、治しといた』 「マナカ……」 『ん? 何?』 「お前凄いな!!」 『そ、私は凄いの! でもね? シンくんはもっと……もっと、もーーーっと! 凄いんだよ!? だから、あの強い猫又を倒すのは――!』 「オレの……役目か……」 『そ! シンくんの役目! 出来るよね? シンくん』 「ああ! 出来るよ!! オレなら――いや、……!!」 『行こう! シンくん!!』 「行こう! マナカ!!」  そして二人は走り出す。  いや、厳密に言えば走り出したのはシンだけで、マナカはそれに着いて行く形だ。  フワフワと……まるで金色の砂時計の如く浮き上がり、彼の周囲で……着いて行くだけだ。 「マナカ! アイツはどこへ行った! 外か?」 『うん! 恐らく今頃、穴の中でネネちゃん達と交戦してる筈だよ! 大丈夫! まだあの猫が去ってから、そんなに時間は経っていないから!』 「おっけぇ!」  シンは走る――その身体に宿るに、胸を躍らせながら走る。  彼は理解していた。  自分とマナカ――二人揃えば、と。  シンとマナカの二人が揃えば最強だと。  ――のだと。  それこそが、あのの力……。  マナカの力だったのだと。  穴の中へシンが足を踏み入れると、予想通り……ネネが藍神の戦闘している最中であった。  シンが背後から叫ぶ。 「親化け猫ぉぉおぉおっ!! まだオレとの勝負が終わってねぇぞぉおおおっ!! 何逃げてんだテメェ!!」  藍神……だけでなく、ネネの手も止まり、先頭が中断する。  ネネとケンイチがフッと笑った。  まるで初めから――彼が……。  藍神は冷や汗をダラダラと流し、青い顔色でシンの方へ振り向く。 「馬鹿な!? お主は間違いなく……串刺しにして、殺した筈だ!?」 「ああ、確かに串刺しにされた。けど、それが……オレの命を奪う程ではなかった――それだけの事だ」 「おのれ! ならば殺してやろう!! 何度でも……何度でも!! お主が死ぬまでなぁ!!」  藍神が藍色の水泡を数百放って来る。  しかしシンはもう……避けようともしない。  何もせず、その全てを受け止める。  その事実に、藍神は共学の表情を浮かべた。 「バ……カな……馬鹿な!! 傷一つ付かないだと!? 妾では駄目だと言うのか? 妾では――!?」 「そういう事だ」  ケンイチが「くくく……」と笑い、呟く。 「なぁ……見とるか? サヤ……シンのあの……もしも…………まぁ、それも『たられば』なんやけどな……」  続けてケンイチは大声で叫ぶ。 「やったれシン!! で――――その化け猫を……ぶっ潰したれ!!」  ネネもそれに続く。 「行けっ! シン!!」  シンの両親も。 「頑張れ!! シン!!」 「あなたなら出来る!! 私――信じてるから!!」  その他にも……人質とされていた県民全員が、シンへとエールを送る。  藍神は完全なるアウェー状態だ。 「くっ! こ奴ら……まだだ……まだ妾は負けておらぬ!!」  シンの足元から、先程串刺しにした太い槍を四つ作り出し、再び串刺しを試みるも……彼の身体に接触するや否や、ボキッと音を立て、儚くも、その槍は砕け散った。 「お前の家族の件……悪かったと思ってるよ……」 「!?」 「本当なら……お前の家族にも報いたいと思う。これは本心だ。本当に、そう思うよ」 「……本当か? 本当に……そう、思っているのか?」 「ああ……大切な存在を失う事の辛さを……オレは二度味わっている。悲しいよな……辛いよな……やるせないよな…………人類代表として、オレが謝るよ……申し訳ない」  シンがそう謝罪をしながら、頭を下げた。  キョトンとしている藍神。  予想外だったのだろう……。  そして藍神は、目に涙を浮かべながら、「にゃはは」と笑った。 「なるほど……大した男じゃ。妾の憎しみさえ抱え込むとは……」 「当たり前だろう。目には目を歯には歯を。これ迄虐げられて来たお前達が、人間を恨むのは当然の事だ。オレはこれからも……お前達猫又の憎しみも背負って生きていく。その上で――」  シンは自身の量の手の鉤爪を見せ付ける。 「オレは猫又を殺していく。人々を守る為……大事な人を守る為……大事な人の大事な人を、守り抜く為――、猫又を、亡きものにしていく」 「そうか……目には目を……ならば、逆もまた然り、という事じゃな」 「そういう事だ」 「良かろう……最期に闘った相手が……お主のような男であって良かった」 「オレも……徳島の主が、あんたみたいな家族思いの猫又で良かったよ」 「抜かせ……」  そう言い放ち、藍神は両手を広げる。  観念したと言わんばかりに。 「さぁ――一思いにやってくれ」 「ああ……」  シンは構える。  に。 『ねぇねぇシンくん』 「何だよマナカ、今良い所なのに」 『技名の事なんだけどね……』 「ん?」  マナカがシンに耳打ちする。  するとシンは笑った。  当然、他の者達からは、マナカの姿が見えてはいない。一人で笑って……何してんだ? 状態である。  。 「何だそりゃ、ダセェな……」 『う、うるさいな! でも……これが一番――?』 「…………だな」  シンは納得した。  再び構える。  トドメの一撃を放つ為に。 「【勝利丿爪(ビクトリークロウ)】……一の舞――」  技名と共に――シンが右の鉤爪をアッパーのように振るった。 「――向日葵(ひまわり)!!」  次の瞬間――  藍神の真下から、の飛ぶ斬撃が出現し……。  その身体を真っ二つにした。  藍神の身体が灰のように消えてなくなって行く……。  その様子を、シンはで見つめる。 「せめて……向こう(あの世)では家族仲良く過ごしていられるよう。祈っておくよ」  シンは……祈るように、小さくそう呟いたのだった。
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