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ネネは、大決戦が繰り広げられた徳島城へと足を運んでいた。
至る所が瓦解しているお城。
牢としての機能を有していた大きな穴。
大決戦中は殺伐としていた、この空間も、戦闘を終えれば空虚なものだった。
今、ここ……徳島県には恐らく、猫又はもういない。
先日の戦いで、物理的に千体近くの猫又を葬ったのは勿論の事。主を倒した、というのが一番大きな理由だ。
藍色の液体を操る異能を持っていた――主。
あの四又こそが、徳島県下では最強の猫又だったであろう。
その最強が敗れたのだ。
部下や、格下である二又がこの地に居られる筈もない。
県下最強の四又……。
「それを一人で……だものな……やはりマナカ、お前の彼氏は凄いな……」
「ん? 何が凄いんだ?」
「!?」
突然背後から声を掛けられ、ビクッ! としたネネ。
心臓をバクバクさせながら、恐る恐る振り返るとそこにはシンがいた。
「よっ」と、彼は笑顔で手を掲げている。
「……目が覚めたようだな」
「ああ。お陰様でな。もうお目目パッチリだよ」
「そうか、それは良かった。何よりだよ」
「…………」
シンも、先日戦いが行われたその場所を見て、ちょっとした空虚感に包まれた。
「ここで本当に……数日前、あんな戦いがあったなんて、信じられねぇよな……」
「ああ……何もかもが夢のような気がしてしまうよ。そんな風に思っては、いけない筈、なのにな……」
「ああ……そうだな……」
夢……そんな曖昧なもので終わらせてしまう訳にはいかない。
この一件では――人が沢山亡くなったのだから。
今が平和なら、それを夢物語のように振り返ろう等という考えは、犠牲者への冒涜とも言える。
「沢山の人が……亡くなっちまったな……」
シンのその言葉に。
「いや、沢山の人を守り抜いたんだ……シン、お前がな」
ネネはそう返答した。
ここでシンはようやく、その話題に踏み切る事にした。
「……いや……だってオレはハヅキを……」
「シン、それは違うぞ」
シンの言葉に被せるような形で、ネネは彼の意見を真っ向から否定した。
まるで、そんな台詞は聞きたくない、と言わんばかりに。
ネネは言う。
「ハヅキは……私達の仲間だったのだ。共に戦う、仲間。だから彼女は勇敢に戦って、そして散った……それが真実だ」
「…………」
「シン……お前今、『ハヅキの事を守れなかった』等と言おうとしただろう」
「……ああ」
「それは、ハヅキに対する最大の侮辱だ。今後そのような発言は絶対に控えろ。分かったな?」
「……了解っす」
シンは納得したようだった。
ネネが怒るのも無理はない。何故ならば、ハヅキだけでなくネネも、そしてケンイチも……シンと同じく、命を懸けて戦っているのだから。
戦士――なのだから。
彼、彼女らは……守るべき存在ではなく、横に並んで共に戦う存在なのだから。
だからこその、侮辱――
共に戦うべき友を見下した、上から目線。
シンは当然、その事を理解している。
「自惚れた発言だった。ごめん……」
「謝るのなら私にではない。ハヅキにだ」
「……そうだな。……ごめんな、ハヅキ……」
シンは祈る。
せめて……安らかな眠りを、と。
これくらいの祈りならば、彼女も許してくれるだろうと思って……。
「あ、因みに『安らかな眠りを』等と祈ってもぶん殴られると思うぞ」
「じゃあ何祈ってもダメじゃん!」
「だって……」
ネネは……自分の胸の上に手を乗せる。
「ハヅキはまだ――私と一緒に戦うのだから」
その言葉で、シンは理解した。
何故ならば彼も……。
「ははっ、それなら確かに殴られるな」
「だろ?」
「つーか二人共、いつの間にそんなに仲良くなったんだよ」
「そうだな……いつの間に……か……」
ネネは思い出す。
猫又襲撃後……ハヅキと二人きりで過ごした、あの日々を……。
トレーニングルームで過ごした日々。
二人で歩いた道。
「うん。それは内緒にしておこう」
「えー! 何だよそれー!」
「あははっ」
満面の笑みで笑うネネ。
それは……シンの前で初めて見せた、彼女の顔だった。
その姿を見てシンは不覚にも……。
「……あれ?」
「ん? どうかしたのか?」
「い、いや、何でもない」
「? そうか……」
ネネは続ける。
今際の際、ハヅキに託された言葉を思い出しながら……。
「ハヅキは事切れる直前まで、両親の事を心配していた。それを私は託された訳だが……結局の所、シンが全部救ってしまったな」
「……オレだけの力じゃねぇよ。ネネもケンイチも、そしてハヅキも……マナカも……他の人達も、誰か一人でも欠けてたら、きっとこの結果には至れなかった。これは、皆で勝ち取った勝利だ」
「……フフっ。お前ならそう言うと思ったよ。シン」
「そうなのか? まぁ、ご期待に添える事が出来たのなら良かったよ。……つーか、お前の方はどうなんだよ?」
「え?」
「両親と、無事に再会出来たのか?」
「ああ、その事か……」
ネネはもう一つ思い出す。
それは、ハヅキの言葉だ。
『シンを……信じてあげて』
「…………なぁシン……」
「ん? 何だよ」
「実はな……私の両親は――――」
そしてネネは、シンに本当の事を打ち明けたのだった。
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