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俺たちは恋人 (第一話『わんこ、帰宅』1)
『自己ベスト更新ならず! 18秒遅かった。うわー』
俺はスマホ画面に映る、恋人からきたLINEを読んだ。泣き顔のスタンプつきだ。
なんて返事しようか迷って、スマホを見つめた。きっとあいつのスマホには、『既読』と表示されているだろう。
今日は俺の恋人、朝倉が走る地方大会だった。
俺たちは大学一年生。俺は人文学部。朝倉は体育学部。ふたりとも男。
『一人暮らしはさびしいので、友だちとルームシェアしています!』
これが表向きの関係。
『いつもいっしょにいたい。同棲して毎日おうちデートするぞ!』
これが本当の関係。
考えたあげく、『そっか。気をつけて帰ってきてね』と返した。これでいいのかなあ。
数十分後。玄関のドアが開いた。
「ただいま。おい、橋本!」
靴を脱ぎながら、朝倉は俺に話しかける。
「なんだよ、あの返事。ちょっと冷たいんじゃないか」
「おかえり。かなり考えたんだよ、あんな返信だけど。怒ってる?」
「少しな」
朝倉はスポーツバッグを床に置いて、ウインドブレーカーを脱いだ。
「仕方ないなあ。おいで」
俺は両手を広げた。
「おう! ……いや、待て」
朝倉は洗面台に行った。手を洗い、うがいしている。しっかりしているなあ。そういうところが好きなんだよ。
朝倉が戻ってきた。
「朝倉!」
俺は両手を広げた。
「橋本!」
朝倉が力いっぱい俺を抱きしめる。俺はのけぞりながらも、朝倉の頭に手を伸ばす。
「よし、よーし」
わしゃわしゃと髪をかき回すように、朝倉の頭を撫でた。
「おい」
「はい、よくできましたー」
「橋本。おい」
「がんばりまちたねー」
「ちがうだろ!」
朝倉は俺の両肩をつかんだ。鋭いつり目がますます釣り上がっている。
「なんで、わんこみたいな扱いするんだよ」
「喜ぶかなと」
「俺たちはどういう関係か言ってみろ」
「犬と飼い主」
「そうそう。俺が首輪をつけて走るんだ……って、ちがう! 恋人同士だろ。もうお互いのいいところがわかるくらい長い付き合いだろ。恋人を褒めるなら、もっと色っぽく」
「でも、朝倉。俺がおまえのいうことを聞く条件ってなんだっけ?」
「う」
「自己ベストが出たら、だよね」
「うう!」
どんどん、朝倉の顔色が悪くなっていく。
「くそ、タイムが出なかったショックで連絡するんじゃなかった。見に来ていないんだから、誤魔化すことができたのに……」
「朝倉」
俺は背伸びして、朝倉の額にキスをした。朝倉はきょとんとしている。
「そういう素直なところが好きなんだよ」
「橋本」
「どんな結果でも、今日は朝倉にご褒美をあげるって決めていたよ。毎日遅くまで練習してがんばってんだからさ。それにその……するの我慢していただろ。俺、待ち遠しかった……」
「その割には、なんで布団敷いてねーんだよ」
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