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澪を部屋に運び入れた久我は、ベッドに寝かせてから下の階にあるバーへ仕事に向かった。
閉店後の午前0時過ぎ、部屋に戻ってシャワーを済ませた久我は、澪の様子を見にベッドへ近づいた。
すると澪が身じろぎして呟く。
「ん~、喉乾いた~……」
久我は笑いながら呆れたように短く息を吐くと、冷蔵庫のミネラルウォーターを取り出して澪の元へ持って行った。
「おい、飲めるか? 水だぞ」
そう声をかけると澪はのっそりと起き上がった。
久我がペットボトルのキャップをキリッと開けてから水を手渡すと、澪はゴクゴクと喉を鳴らして水を飲む。飲みながら後ろに倒れそうな勢いだったのを久我が背中を支えた。
「お前、家で家族が心配して待ってるんじゃないか?」
プハーッと満足そうに飲み終えると、澪は不満げな顔で口を尖らせる。
「ブッブー。誰も待ってませんよー。帰っても一人ですー」
親は仕事でいないってことか? と久我は受け取った。
すると澪はトロンとした目で久我を見つめた。
「美人だけど、男の人の声……」
「ん? 男だけど?」
「ホントに!? 私、男性アレルギーだから触っちゃダメですよ~」
澪はキャハハと楽しそうに笑いながらバシバシと久我の肩を叩く。
「私は男の人に触れないんです」
「いや、今思いっきり俺のこと叩いてるぞ」
「え~? やだあ、触ると蕁麻疹だらけになるのに~」
澪は手のひらを確認してパッと明るい笑顔を見せた。
「あれ!? 平気~! 何で?」
そう言ってまたキャハハと笑いながら再び久我の肩をバシバシ叩く。
「夢みたい……ってことはチャンス!」
「は?」
チャンスって何がだ、と思いつつ、久我は嫌な予感しかしなかった。案の定、澪は徐々に久我との距離を詰める。
「だって、男の人とキスすらしたことないんだも~ん」
反対に久我はジリジリと澪との距離を取ろうとするが、澪に服を掴まれた。
「ねえ、してみて~。それ以上のことも、しても許す~」
澪は不意に自分の制服のボタンを外し始めた。
「あっ……おい!」
すると久我は、澪にグイッと思い切り服を引っ張られて、ベッドに押し倒される。
えへへ、と緩んだ顔で笑うこの少女(その時は高校生だと思っていた)は、確実にまだ酔っている。そう確信した久我は、頭を抱えて澪に告げる。
「勘弁してくれ。俺はガキは相手にしないぞ」
「ケチ~! っていうかガキじゃないもん。酷い。大声出してやる」
澪が「ワァー」と叫び声を上げようとしたところを、久我は呆れ顔で口を塞いで止めた。
なんて面倒なやつを拾ってしまったんだ……。
そう思いつつ、この自由な酔っぱらいを前にちょっと楽しんでる自分がいるのも確かだ。
「はいはい、わかったわかった。じゃあ、キスしてやるから、ベッドに横になって大人しく待て」
「は~い」
澪は素直にベッドで仰向けになった。
よしよし。
そう思いながら続けて久我が静かに告げる。
「いい雰囲気になったらするから、そのまま目を瞑って待てよ」
「は~い……」
久我は片眉を上げて澪の様子を何もせずただ見つめた。
「……ね~え~、まだぁ?」
「まーだ。大人しく待ってろ。こういうのは雰囲気が大事だ」
「はぁい……」
素直な返事から暫くすると、澪はスースー寝息をたてて眠ってしまった。
それを見て、久我は安堵の息を漏らす。
よしよし、お利口じゃないか。
――そう思ったのは束の間。
久我がベッドから降りようとすると、澪に服をガッシリと掴まれていることに気づく。
「……厄日だな」
久我はうんざりした表情で呟くと、観念してそこで眠ることにした。
こうして朝を迎えたのだった。
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