楠木さんへ

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楠木さんに会えてからあっという間にもう10年。あたしたちはここに引っ越してからむくむくと大きくなって、ここを通る人たちの倍の背丈になったわ。 大きくなったあたしから楠木さんを見下ろすと頭はすっかり白くなって、どんどん小さくなっていくような気がするの。 それはわたしが大きくなったからだけじゃないと思うんだけど…。 楠木さんに会える日も毎日ではなくなってきてしまったわ。最近は咳き込んでいたり、疲れてそうに見える日も多くなってきた。それがなんだかとても心配でさみしくて…。 あたしにも変化が訪れることになった。ここに越して来てから、最後までここにいるもんだと思ってた。でもそうじゃなさそうだよって、ここに並んでいる仲間が風にのせて教えてくれた。 あたしたちは大きくなりすぎたみたい。 大きくなりすぎるといろいろと邪魔になってしまうのね。 あたしたちが行き交う人たちの気持ちを和ませることができるのは秋の10日間ほどだけ。あとの残りは邪魔になってしまうみたい。そうなるともうあたしたちは退かないといけないのね。 残念という言葉じゃ言い尽くせないし、楠木さんには幸せをもらうばかりで何もお返しできなかった。辛いときに励ましてあげることもできなかった。だから、せめてあたしの一世一代の花と香りを最後に届けたいと思ってるの。 明日は、あたしがちゃんとたっていられる最後の日。その日に合わせて準備してきたあたしの渾身の力を込めて、精一杯の最高の花を咲かせるの。そして風にのせて楠木さんに届くようにこう伝えたい。 「楠木さん、ありがとうございました。あなたのおかげで、あたしはこの世で一番幸せなキンモクセイでした」
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