楠木さんへ

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ここでは、あたしたちの前を毎日たくさんの人が通り過ぎていく。 前には車。後ろには自転車や歩く人。通る人たちはあたしに関心を示すことなんてない。たまにぶつかってきても謝ることもない。 でもあたしは知ってるよ。 この人は毎朝通るねとか、何曜日に通るねとか。この人はいつも2人一緒よねとか。 あたしはその人たちに「いってらっしゃい」とか「がんばってね」なんて、風にそっと乗せて言ったりするの。 聞こえないとは思うんだけどね。 そんな無関心な人たちでも、あたしたちをじぃっと見てくれたり、わざとゆっくり通ったりしてくれる時期があるの。 じりじりと照りつける夏の暑さに耐えて耐えて、やっと迎えた涼しい秋。 あたしたちは1年間の力を込めて、道行く人達に思いっきり喜んで貰おうといい香りのオレンジ色の小さい花をたくさん飾り付けるのよ。 そのときは自転車の人もわざとゆっくりになったり、歩く人は立ち止まったりして、たくさんの褒め言葉と一緒にわたしたちを眺めてくれる。 すぅーっと鼻の奥を通って体の中まで染み渡るように「いい香りね」とあたしたちの想いを吸い込んでくれる。 このときは本当に「がんばってよかったなぁ」って思う瞬間ね。 でも小さい花がパラパラと落ちて、いい香りもすぐに終わってしまうの。そうなるとまたみんなの素通りがはじまるの。 そしてまた物足りないような寂しい気持ちの毎日が始まってしまうのよ。  
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