開廷

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開廷

 とある時空の、とある座標。  何処かに存在していた、もしくはこれからその存在を確立するのか。  曖昧であるからこそ、万人の共通認識の一部である空間。  以下は、その空間で行われた裁判所での記録である。  遠くで、木槌の音がする。  厳粛なる法廷都市、メルセレスコーツ。そこは言うなれば裁判のアウトソーシングを担っている場所だった。 この世界では、未だ法廷というものが宗教や王権と言った権力によって支配され、具体的な証拠の提示や状況の走査などは一切行われず、ただ一人の強者によってのみ判決が下されていた。そのような世界において、メルセレスコーツは平等であり、正確であり、何より異質な都市であった。  都市の住人は誰もがあらゆる国の法律に精通しており、それらの法律の有用性と欠陥を把握していた。そして彼等は都市を築き上げる際に、他国の法律の有用性のみを抽出し、欠陥を排除した独自の都市法を制定した。その徹底した平等さと恐ろしい程の合理性には他国も目を見張るものがあり、他国の大臣や摂政(勿論、権力構造のトップに位置する者はお願いしない。寧ろ、こんな事態は面白くない)がより公平な裁判をと、メルセレスコーツに罪人を連れていき、判決を下してもらっていた。  もっとも、公平な裁判を、などと言えば聞こえがいいが、結局他国がメルセレスコーツに裁判を委託するのは、その緻密且つ洗練された法ではなく、メルセレスコーツの住人の持つ、事件に対する捜査能力だった。住人はあらゆる罪の隠蔽を許さず、全ての真実を暴き立てる。どのようにしたたかな犯罪者であっても、翌日にはその犯罪の一部始終を白日の下に晒される。つまり他国は、疑わしいとほんの少しでも思ったならば、罪人をメルセレスコーツに連れていけば、あとは自動的に罪人へ適切な罰が下されるのだ。事件の捜査や裁判にかかる諸経費を削減できるので、こんな便利なことは無かった。  この都市は非常に興味深く、その成り立ちや住人の説明をもう少し続けてもいいが、それは本筋ではないので省略することを許していただきたい。あくまで今回の記録の目的は、勇者アレン・ストリクスの裁判を後世に伝える事であるからだ。  法廷は空気が張り詰めており、誰もが呼吸すら忘れた静寂が漂っていた。  恐ろしく長い顎髭を伸ばしている裁判長が、すう、と息を吸った。誰もが固唾を飲み、その言葉を待つ。 「被告人、アレン・ストリクス。貴殿は前世にて”おおがたとらっく”に轢かれ、この世界、リズヴァルトに転生してきた。そして、生けるもの全ての脅威たる魔王を見事討ち滅ぼした偉大な勇者だ。しかし、この偉業を達成する裏で行った悪行の数々、それをただ魔王討伐の功績があるからと言って看過することは出来ない」  裁判長の眼は鋭く、猛禽類を思わせた。これほど鋭い視線をしていたのは魔王四天王の魔将軍、峻烈のザンザス以外には見たことがなかった。アレンはそんなことを思いながら、緊張で体を震わしながらも、大声で反論する。 「さ、裁判長! この裁判は何かの間違いです! 俺、俺は悪行なんて働いていません! これは何かの手違いです」 がああん、と張り裂ける様な木槌の音が法廷を揺らす。裁判長の眼光は先程よりもその鋭さを増していた。 「言葉に慎み給え。許可無き発言は許さん」  勇者は生まれたての小鹿のように震え、その姿に世界を救った英雄の面影はなかった。    
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