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10. 地下に潜む者
火の川の近くにある鍛冶の種族の里は、《火》の《顕現》であるが故に他界よりも高温な火界の中でも特に気温が高く乾燥している。里の住人は長くこの地で暮らしてきたお陰でこの環境には慣れているが、シャンセ達はそうではない。従って、里の者は彼等にとっても貴重である水を他種族の客人が滞在する天幕の湿度を保つ為に使用していた。
今朝もまた、水瓶を持った女性が天幕内に置かれている容器へ水を注ぐ為に遣って来た。ただし、普段と違って背後にナルテロを伴っていた。
「シャンセ殿、少し宜しいですかな?」
「何でしょう」
「急で申し訳ないが、今直出掛けられそうですか? 先日希望されていた件の準備が整いましたので」
「本当に急ですね。何かあったのですか?」
「例の品を取り扱っていた商人が、間もなく火界を離れるそうなのです。しかし、我々はその者を引き留めないと決めました。不審がられて新たな障害が生じては困りますからな。つまり、シャンセ殿が彼を直接確認したいと思っておられるなら、それを実現する為の残り時間が少ないということです。早々に動いた方が良いかと」
シャンセは一度マティアヌスと視線を交わした後、再びナルテロの方を向いて頷いた。
「分かりました。訪問地の状況が分かりませんので、安全の為に彼等は置いていきますが、構いませんか?」
「問題ありません。里の者にも伝えておきます」
ナルテロもまた従者達と目配せをした。すると、間を置かずして従者の一人が手を上げる。主が頷きで返すのを確かめた彼は、先んじて天幕の外へと出た。
彼を見送った後、シャンセは外出の支度をしたい旨をナルテロに伝える。すると、ナルテロは苦笑しながら出発の刻限を告げて天幕から去って行った。水を注ぎ終わった女性も静々と彼の後に従った。
火人達の足音が聞こえなくなると、シャンセはマティアヌスとキロネの方を向いて言った。
「そういうことだから」
シャンセの言葉は簡潔だ。だが、充分であった。今の状況は彼等にとっては想定内で、対策の相談も既に終わっていた。
「分かった。どんな相手か分からないから、重々注意してな」
「誰に向かって言っているんだ」
まるで子供に言い聞かせる様なマティアヌスの振る舞いを嘲笑した後、シャンセはナルテロへ告げた通りに外出の準備を始めた。
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