12. 奸譎

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   ◇◇◇  同じ頃、火人族の王城では女王ヴリエ・ペレナディアが軍務担当の高官から報告を受けていた。 「相分かった。派兵を許可する。軍が到着するまで彼方との接触は控えて監視を続行。到着後の敵への対応は司令官に一任するが、客人はなるべく無傷で保護するように。それから、決行前に動きがあれば、まずは妾へ報告して指示を待て」 「承知いたしました」  そうして必要な命令を受けた高官は辞去し、部屋にはヴリエのみが残された。軍事機密に関する話であった為、侍女達は既に下がらせている。静まり返った部屋の中でヴリエは小さな溜息を吐いて呟いた。 「渾神様にもご報告申し上げねばな」 「何? シャンセに関すること?」  自分以外には誰も居ない筈の部屋に他者の声が響いたのを聞いて、ヴリエは思わず息を呑んだ。激しい動悸に襲われる胸を押さえながら、彼女は声が発せられた方へと振り向く。視線の先は窓際で、渾神ヴァルガヴェリーテが凭れ掛かっていた。 「聞いておられましたか」 「最後の方だけね。兵を送るってことは、余り楽観視出来る状況ではなさそうね」 「どうやらシャンセ殿は、お連れの方と共に現地の反抗勢力に拘束されておられる様です」  ヴリエは机の上に置かれた報告書を見る。渾神も彼女に倣って同じ物へと視線を送った。 「前に言っていたニンデの末裔達ね。把握しているわ。私も何度か現地へ行って、シャンセが滞在していることは確認していたから」 「然様で御座いましたか」  渾神の口から直接その話を聞いたのは初めてであったが、想定の範囲内だったのでヴリエは余り驚かなかった。一方、渾神は失望する程にはヴリエが無能ではなかったことを知り安堵する。同時に、彼女の胸の内に少しだけ悪戯心が芽生えた。 「私の手は必要? 神である私が介入すれば、一瞬で片が付くと思うのだけれど」  するとヴリエは目と口を丸く開け、一拍置いてから必死の形相となって渾神を止めた。 「いいえ、いいえ! 此方で対処致しますから、渾神様は城でお休み下さいませ!」 「もー。別に私、火界の情勢を引っ掻き回そうとしてる訳じゃないのよ。それにしても『反抗勢力』ねえ。まあ、長くやってるとそういったことも起こるか」 「身内の揉め事でご迷惑をお掛けして……」  相手の態度で揶揄われたことに気付いて脱力するも、後に続いた言葉の内容で自責の念に駆られてヴリエは肩を落とす。年齢と立場に相応しくない感情の発露であった。きっと彼女は疲れているのであろう。渾神は苦笑しながらヴリエに近付き、その肩を軽く叩いた。 「私は別に気にしてないわよ。そういうの嫌いじゃないから。頑張ってね」 「は、必ずやシャンセ殿を保護し――」 「シャンセのこともだけど、貴女自身もね。何であれ世界は生き残るべき者が生き残って成立するものなのよ。だから、生き残るべき者になる努力を。貴女がこの言葉の意味を正しく理解出来るのかは分からないけど」 「渾神様……」  穏やかではない内政についての話か、それとも火神との軋轢についてか。もしかしたら、無能の罪に関することを言っているのかもしれない。思う当たる節は余りに多かった。しかしながら、取り敢えず渾神がヴリエに励ましの言葉を掛けたことだけは分かった。彼女は一瞬呆気に取られたが、やがて静々と立礼した。 (この神はこうして人心を惑わすのか。しかし――)  僅かばかり心が癒されたのは事実だが、誘惑の言葉を吐いた眼前の女神は、邪神と呼ばれ恐れられる巨悪である。気を許すべきではない。その様にして破滅した者は数限りないのだから。 「御神意の通りに。必ずや勝利してみせます」  ヴリエの心境を知ってか知らずか、渾神は何時もの作り笑顔よりもやや感情を強く出した表情をして頷き、「うん、宜しい」と返した。
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