甘い香りに誘われて

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 数分後、わたしの腕の中には焼き立てのパンの入った袋が納まっていた。  購入したのはもちろん噂のカレーパン。それとイチオシの札がかかっていたシュガーパン二つ。体温で溶けるほどに繊細、キラキラの砂糖に包まれたパイ生地がベースになっているパンだ。 「さて、公園に行こうかな」  口の中に広がるカレーとバター、シュガーの風味を想像し、自然と速足になる。  どれから食べようか。  進路は裏通り。公園までの近道だ。  慌てていたわたしは前方に立っている人影に気づかなかった。 「ねえ、おねーさん。それ、その持ち方でいいの?」 「も、持ち方?」  不意に話しかけられて、声が上ずる。 「甘いカレーの匂い。それ、角のパン屋の袋でしょ」 「そうだけど、あなた、何?」  驚きと不信感で迷わず睨む。知らない相手はとりあえず睨むのがわたしの癖だ。ホント我ながら性格が悪くて嫌になる。  睨まれた相手ははっとしたように歩を進め、わたしの前でにこりと微笑んだ。 「こんにちは、ボクはリト。旅の途中でね、この街には買い出しと待ち合わせで滞在してるんだ。どうぞよろしくー」  かわいい。  なんと、不覚にもかわいいと思ってしまった。くるりとした瞳にかかるまつ毛は長く、笑みをかたどる唇にすっとした鼻筋、シャープな輪郭、どれをとっても形がいい。こんなに近くでなければ女の子だと思っただろう。 「おねーさん、この辺の人?」  彼、リト君が小首を傾げると、耳のあたりで切り揃えられた淡い色の髪がふわりとゆれた。    だめだ。かわいい。 「おねーさん?」 「あ、ええ、そう。生まれも育ちもこの街よ」 「わお、良かった」  なんとか答えたわたしのたどたどしい言葉も気にせずに、リト君は嬉しそうに笑う。 「あのね、買い物してたら迷っちゃって。道に詳しい人を探してたんだ。宿屋まで帰りたいんだけど、教えてくれる?」 「もちろんです!」  つい本音が大きな声で漏れてしまった。リト君が少し驚いたように目をみはる。目はきれいなグリーンだった。  ああ、そんなに見つめないで。 「あの、おねーさん?」  お姉さんという響きもいい。  乙女心をくすぐるというか、守ってあげたくなるというか。そもそも初対面でこんなに目を奪われる容姿というのは、大変珍しく貴重なのではないだろうか。 ――――ファンファンファン  そう。今ならファンになれそうだ。 ――――ファンファンファンファンファン  というか、是非に。 「おねーさんってば!聞いてる?」 「はひ?」 「ねえ、何かあったみたいだよ」  リト君が不安そうに周囲を見まわす。  気づけば通りには、サイレンを鳴らす警備軍の車両が到着していた。
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