甘い香りに誘われて

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 ここは比較的治安の良い商店通りだが、何が起きたのだろうか。鳴り続けるサイレンの音が不安をかき立てる。  わたしはぎゅっと腕を抱いた。 「盗難だってさ」  不意に聞こえた物騒な単語に、わたしは身をすくめた。 「物騒だね」  声の主はリト君だった。 「ど、どうして知ってるの?」 「そこ、パン屋の向かいの魔法具店に泥棒が入ったらしいよ。魔石が盗まれたんだって」 「魔石……」  驚いた。  魔石とはその名が表す通り、魔力を秘めた石のことだ。遥か東の島国でしか採れない魔原石という鉱石を、専門の職人が加工することで完成する。本来の魔力を強化するだけじゃなくて、力を持たない人や物に魔力を付加することもできる便利なアイテム。それだけに扱いも難しいらしい。  まぁ、どれも聞いた話だけど。 「おねーさん、知ってる?」  魔石について考えていたわたしの思考をリト君の声が遮る。 「へ、何を?」 「魔石ってね、独特の波長をもってるから普通は簡単に見つかるんだよ。たとえ、盗まれたんだとしても」 「そ、そうなんだ」  リト君は慌ただしく行き来する警備軍を見つめている。ささやくような微かな声なのに、その澄んだ響きだけが不自然なほどにはっきりと耳に届く。 「よくないなぁ」 「リト君?」 「そういえばさ、最初の答えを聞いてないよ」 「最初?」  先刻から聞き返すばかりになっていることを自覚する。  リト君の転がるような話についていけない。 「それ、その持ち方でいいのって聞いたよね?」  購入したパンは、お店のロゴが光る茶色の紙袋に入った状態。わたしはそれを両腕に抱えるようにして持っていた。 「いいのよ」 「へぇ」 「持ち方なんて自由でしょ。なんでそんなこと聞くのよ」  リト君が驚いたように、目を丸くする。  かわいい。  かわいいが、何故、ここで驚く。 「大事だからだよ」  そう言うと、リト君はすっとわたしの持つ紙袋を指差した。
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