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紙袋を指したままリト君が言う。
「カレーのスパイスの匂い、それにバターや砂糖も入り乱れた不可思議な香り。あの店のシュガーパンはテイクアウトを考慮する気のない繊細な作りだ。そんなに体温が直に伝わる持ち方してたら数秒で溶けるよ」
「……え!?」
「もうべちゃべちゃのグタグタでしょ」
「そんな、知らなかっ……」
「はい、ダウトー」
慌てて紙袋を身体から離したわたしに、無邪気な笑顔が向けられる。
「そんな訳ないよね」
「本当よ。わたし、初めてベーカリー・ベリーカリーに入ったんだから。シュガーパンだって食べたことない」
「初めて?」
「そ、そうよ」
「そっか。入店から店を後にするまで三分。迷いなく二種類のパンを手に取った」
「即決タイプなの」
「他のパンに目もくれず」
「何よ、悪い?」
リト君の笑顔は変わらない。
背中を嫌な汗が滑り落ちる。まさか、はじめから見られていたのだろうか。
「いや、オーナーも人が悪いなーと思ってさ」
「…………!」
「オーナーと目を合わせてたよね」
もう、我慢できなかった。
「何なの!?わたしが何を買おうと、誰といようとあんたには関係ないじゃない。ストーカーで軍に突き出すわよ!」
「頼まれたから」
「はぁ?」
「運び屋のバイトなんかやめた方がいいよ。ハンナさん」
「!!」
わたしの言葉にも態度にも、リト君の表情は崩れない。にこりと笑った顔は、しかし真っ直ぐにわたしを見ていた。
いや、はじめから見透かされていたのかもしれない。
「ハンナさんがオーナーに言われて運んでるそのパン。その中に魔石が入ってる。ボクどうしてもそれが入り用なんだよね」
「……渡さないって言ったら?」
たとえ盗品だったとしても、あの人から託されたものだ。簡単には渡せない。
それに一応、仕事だし。
「んー、どうしようかなぁ」
リト君が思案げにわたしを見る。顎に手を当てたまま。
その時だった。
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