甘い香りに誘われて

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「どけぇ!」 「待ちなさいっ!」  いつの間にか魔法具店の周りに集まっていた野次馬のざわめきが大きくなった。  喧騒を弾いたのは男の怒鳴り声。  それに重なる警備軍の警笛と叫ぶ声。 「リトさんっ!そっちに犯人がっ!」 「ふざけんじゃねぇよ!てめぇ!バレちまいやがって!」  ぼんやり立っていたわたしめがけてあの人が突進してくる。  って、わたし!? 「その袋、俺に寄越せぇ!」 「ひいっ!」  とっさにわたしは投げた。 「「あー!」」  パンの、いや魔石とやらの入った紙袋を、それはそれは空高く放ったのだ。紙袋は回転しながら宙を舞う。  みんなの「あー」が聞こえた。  一瞬。 キィン、バキキッ 「ぐあっ!?」  耳をついた固い音。  全てがスローモーションに感じた。  落ちてきた紙袋をまるでラグビーボールのようにキャッチしたあの人、ベーカリー・ベリーカリーのオーナーは、わたしとリト君の間を抜け、路地に向かってスピードを上げた。  だが、突然に、呻き声を発して止まった。  何かにぶつかったような不自然な急停止だった。 「……はあ、勘弁してよね」  小さく聞こえた吐息。 「ああ!?なんだコレ!ふっざけんなよ、放せ!!」  腕を振って暴れるオーナーの、しかし、両足は全く動かない。よく見ると、彼の足は青みがかった透明な何かで固定されていた。  ふわりと冷たい風が流れる。 「……氷?」  それは氷だった。オーナーは、走っていたままの姿で足だけ凍りついていたのだ。 「くそっ!抜けねぇ」 「ムダだよ。ボクの氷はそう簡単に溶けない」  ボクの氷?  確かに氷はリト君の立つ地面から一直線に伸びている。 「これ、リト君がやったの?」 「まーね」  後にリト君が教えてくれたのだが、これは魔法のようなもので空気中の水蒸気に冷気をぶつけて氷を創るらしい。ちなみにわたしは聞いても理解はできなかった。 「ふっざけんな、このガキ!放さねぇと痛い目みるぞ!」  オーナーがリト君を見据える。 「魔石の価値も知らねぇようなガキが!でしゃばってんじゃねぇ!」 「……あんたが価値を語るなよ」 「……っ!?」  急激に冷気が渦巻く。押さえた声音に反して激しく巻き上がる風。  その中心のリト君はもう笑ってはいなかった。いつのまにかグリーンの瞳は暗いグレーに変わり、冷えきった視線が相手を射ぬく。 「な、なんだよ。魔力を使うなっていうのかよ」 「何ソレ」 「お前も、魔法は悪だって、あの奴らの仲間なんだろ」  明らかに及び腰になったオーナーが、それでも言いつのる。 「どうでもいいよ」  リト君は呆れたように眉を寄せた。 「ボクは人からものを盗んで、それを私欲の金儲けに使うあんたの根性が気に入らない」 「……は?」 「あんたが嫌いなだけだよ」  そう言ってリト君は以前のようににこりと微笑んだ。 「ボクは魔石を買いたいだけ。面倒事は嫌いなんだ。次また騒いだら、その足へし折るからね」  もう、オーナーは何も言わない。  気がつくと肌に感じる冷気も和らいでいた。
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