甘い香りに誘われて

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 半月が静かに雲に隠れ、フクロウの声が微かに響く夜。 「魔石、取り返してくれてありがとうな。リト」  ランプに照らされただけの薄暗い店内で二人はテーブルを囲んでいた。 「もー、次は気を付けてよね、アラン」  面倒は嫌いだとリトが口をとがらせる。 「いやさぁ、あんな真っ昼間に盗られると思わなくて」 「油断」 「ふふ、ごめんって」 「反省してないでしょ」 「してるよ、今度は気をつける」 「それ、いつもいっつも、言ってるよね?」 「そうだっけ」  見上げるリトの視線をかわして、アランと呼ばれた青年がカップを差し出す。淡い湯気が頬にかかる。やさしい香りが広がった。 「アッサム。好きだったよな?」 「ありがと」  熱々の紅茶が冷たいリトの指を暖める。 「なぁ、聞いてもいいか?」 「んー?」 「何であのパン屋に目をつけた?魔石の波長も上手く消されてたんだろ」 「繁盛してたから」 「繁盛?いいことだろ、それは」 「この街はパン屋が多い。それなのにあそこだけ異常な集客力だった。だから少し調べたんだ」 「おい。リト、まさか」  アランが僅かに目を見張る。 「まさか、だよ。あのオーナーはパンに魔石の欠片を混ぜてた。中毒性のあるパンの出来上がりって訳さ」  最悪だなとアランが吐き捨てた。 「彼奴自身の魔力が弱かったから、効果が一過性ですんだのか」 「そゆこと」 「ち、また魔法のイメージ悪くなっちまうぜ」 「気にするんだ、そんなの」 「まぁな。オレの商売に関わるからな」 「は、アランらしいや」  静まり返った店内に二人の密やかな笑い声が響く。  穏やかな時間をくゆる湯気が包んでいった。
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