文化祭 そのいち

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文化祭 そのいち

お兄ちゃんと文化祭を一緒に回ることを励みにして、中間テストは何とか乗り越えることができた。中間テストが終われば、もう、文化祭は目前だ。  「うーらーめーしーやー」 「うわあぁ!」 突然、おどろおどろしい妖怪が現れて、悲鳴をあげると、妖怪のお面を外した亮くんが得意気に笑っていた。 「びっくりした?」 「すごくびっくりした」  私たちのクラスのお化け屋敷の準備も着々と進んでいた。徐々に、段ボールで壁が形作られ、その壁には、赤い絵の具で手形や血しぶきがまっている。  「朱里ちゃん、そろそろ合唱の練習するから集まって、だって」 「わかった」 どうやら外で壁を作っていた私たちを、亮くんは呼びに来たようだった。私たちのクラスは、体育祭で惜しくも三位という結果になってしまったため、合唱コンクールは一位を目指して頑張っているのだ。  作業を止めて、皆で壁を教室の中に運び込む。うん、こうしてみると、だいぶできてきたなぁ。  全部運び終えると、各パートリーダーを中心として、合唱練習を行った。  合唱コンクールは、文化祭一日目にあって、二日目に、結果発表だ。皆頑張っているので、今からその成果が楽しみだ。  練習も終わって、昇降口で、スリッパからローファーに履き替えていると、ばったりお兄ちゃんと出くわした。お兄ちゃんは私に気づくと笑った。 「やぁ、朱里。お疲れ様」 「お兄ちゃんも、お疲れ……」 お疲れ様と、私がいいかけたところで、お兄ちゃんは横から愛梨ちゃんに抱きつかれた。 「小鳥遊せんぱーい! こんなところにいたんですね、探したんですよ」  愛梨ちゃんは目の前にいる私のことは目に入ってないようだ。 「先輩、私と文化祭回りませんか?」 どきっとする。お兄ちゃんは私と文化祭を回る約束をしているけれど、どうするんだろう。すると、愛梨ちゃんの腕をやんわりと外しながら、お兄ちゃんは首を振った。  「悪いけど、僕は先約があるから。智則あたりと回りなよ」 「えぇー、私は小鳥遊先輩がいいんです! せめて一日目だけでも回れませんか?」 愛梨ちゃんが、可愛らしく頬を膨らませた。 「ごめんね、一日目も二日目も先約があるから。帰ろうか、朱里」  お兄ちゃんと一緒に下校するのはかなり久しぶりだ。ちょっと、ううん、かなり、嬉しい。でも、つい、天の邪鬼なことをいってしまう。  「愛梨ちゃんのお誘い断って良かったの?」 お兄ちゃんがここでやっぱり、愛梨ちゃんと回ろうかなって、言ったら、せめて二日目だけでも一緒に回りたいな。  「いいもなにも、朱里と約束したでしょ。他でもない朱里が僕を誘ったのに、その約束を破るなんて真似はしないよ」 「……ごめんね、ありがとう」 お兄ちゃんはやっぱり優しい。他でもないってことは、最初に誘ったのが私じゃなかったから、お兄ちゃんは愛梨ちゃんと回ったのかな。やっぱり私の存在は、お兄ちゃんを縛ってるだけなんだろうか。  マイナス思考になっている気持ちを頭を振って、切り替える。弱気になっちゃだめだ。お兄ちゃんに好きなってもらえる私になるんだから。  「そういえば、お兄ちゃんは、何か文化祭行きたい場所とかある?」 「僕は朱里が楽しければどこでもいいよ」 もう、すぐ、お兄ちゃんはそういうことを言う。私はお兄ちゃんにも楽しんでもらいたいんだけどなぁ。  お兄ちゃんと並んで歩く。手が触れそうで触れあわない距離が、やけに遠く感じた。  そして、いよいよ文化祭はやってきた。まずは、文化祭のオープニングの寸劇だ。 「きゃー! 小鳥遊くん可愛い!」 お兄ちゃんのシンデレラの完成度はものすごく高く、儚げな美女がそこにはいた。でも、私はシンデレラをいじめる姉その二なので、そんなお兄ちゃんを嘲笑う。  「そんな姿では、文化祭には参加できないわね、シンデレラ。いい気味ね、オーホッホッホ」 何とか、高笑いも咳き込まずにできた。その後は、適当に踊って、文化祭に妖精の魔法で参加することができたお兄ちゃんを見て、ハンカチを噛み締めながら地団駄を踏む簡単なお仕事だ。  特に問題もなく、寸劇は終わった。次は、合唱コンクールだ。私たちのクラスは、誰も風邪を引くことはなく、全員出席して、皆それぞれの力を出しあって歌った。結果発表が楽しみだ。  さて、ステージ発表は、その後も吹奏楽部や軽音楽部のステージなどが続くけれど、ここからは、自由時間だ。私は、自分のクラスのお化け屋敷の担当は、明日の午後なので、今日はこの後は予定がない。お兄ちゃんも私に合わせて、クラスの出し物の担当の時間帯を明日の午後にしてくれた。  なので、今日の午後と明日の午前はお兄ちゃんとずっと回れる。  待ち合わせ場所でお兄ちゃんを待っていると、お兄ちゃんがやってきた。  「ごめん、朱里。待った?」 「ううん、全然。それにしても、お兄ちゃんすごくドレス似合ってたね」 私が褒めるとお兄ちゃんは顔をしかめた。  「ああいうのは朱里の方が絶対似合うよ。もう、二度としない」 でも、確か会長が二年生のときは新たに選挙は行わず、役員は三年生を除いて来年も引き続きになるんだよね、確か。だから、今年は生徒会長選挙はない。つまり、来年もお兄ちゃんは間違いなく、女装することになるんだけど。よっぽど嫌だったから忘れているのか、それともあえて気づかないふりをしているのか、わからないけれど。拗ねるお兄ちゃんが、可笑しくて笑ってしまった。  「ふっ、あはは」 私はお兄ちゃんの優しい顔や笑った顔も好きだけれど、実は拗ねた顔が一番好きかもしれないな。  私が笑ったことにより、更に拗ねてしまったお兄ちゃんの機嫌を直さなければならない。  「お兄ちゃん、チュロスだよ、チュロス! あっ、こっちには、クレープもあるって」 はい、これ。と、とりあえず、買ってきたチュロスとベビーカステラをお兄ちゃんに差し出す。  「なんで、さっきから甘いものばっかりなの?」 「え? だってお兄ちゃんに甘いもの好きでしょ」  「っ! 僕、朱里に好きだっていったことあるっけ」 意外そうな顔をしたお兄ちゃんの口に、ベビーカステラを一つ放り込む。 「それくらいわかるよ」  私も一つベビーカステラを食べながらそういうと、お兄ちゃんは大きくため息をついた。  「朱里は、また、そういう……」 「あれ? ごめん、違った?」 お兄ちゃんは、特に食べ物の好き嫌いはないけれど、甘いものを食べているときは、ちょっとだけ表情が柔らかい気がしてたんだけどな。  お兄ちゃんは微笑むと、首をかしげた私の耳元で囁いた。  「朱里、好きだよ」  「おにい、」 「甘いもの」 な、なんだー! そっかぁ! そうだよね! 一瞬どきどきしてしまった恋心が少し、空しい。八つ当たりのように、むしゃむしゃチュロスを食べる私は、そんな私を見るお兄ちゃんの寂しそうな表情に全く気がつかなかったのだった。
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