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クリスマスイブ
今日は、待ちに待った、クリスマスイブの夕方だ。期末テストも終わり、終業式もあったので、学校もお休みだ。つまり、私を縛るものは何もない。というか、学校に行かなくていいなんて、なんて解放感なんだ。
解放感に浸りつつ、身支度を整える。前と同じイヤリングをつけて、お兄ちゃんを心配させないために、手袋も忘れずにつける。あっ、でも、手袋をつけなかったら、また、手を繋いでくれるかな。なんて、一瞬浮かんだ下心を追い出す。そういうことを考えてるんじゃ、お兄ちゃんに好きになってもらえないよね。
ため息をつきながら、コートを羽織り、完成だ。
「お兄ちゃん、準備できた?」
お兄ちゃんの部屋の扉をノックする。
「うん、出来たよ」
マフラーを着けたお兄ちゃんが出てきた。お兄ちゃんは学校に行くときも、こうして出掛けるときも、私があげたマフラーをつけてくれる。嬉しいな。
「じゃあ、行こうか」
「うん」
映画館に着くと、クリスマスイブだからか、たくさんのカップルで溢れていた。こんなにたくさんカップルっているんだな。
「朱里、ポップコーン食べるでしょ? 買ってくるよ」
「ありがとう、お兄ちゃん」
お兄ちゃんがポップコーンと飲み物を買ってきてくれた。スマートだな。お兄ちゃん。愛梨ちゃんと付き合っていたときも一緒にこうやって映画館に来たのかな。そんなむくむくと浮かんできた悲しい気持ちを、頭を振って追い出す。過去は、関係ない。今のお兄ちゃんは、私と映画館に来てくれた。それだけで、十分だ。
「行こう、お兄ちゃん」
「? うん」
突然、さっきよりも元気な声を出した私に首をかしげつつも、お兄ちゃんはうなずいてくれた。
映画の内容は、ずっと思いあっていたけれど、なかなか素直になれなかった幼なじみの男女が、高校に入学して恋のライバルができるのをきっかけに、素直になって結ばれる話だった。主演には今話題の人気俳優と女優を起用しており、彼らによってとても魅力的なキャラクターが演じられていた。
映画の最後に、二人の思いがようやく通じあうシーンは思わず泣いてしまった。とても、いい映画だった。涙を拭うためにハンカチを鞄の中を探すけれど、見つからない。しまった、ハンカチ忘れちゃった。でも、この顔のまま映画館をでるのは、恥ずかしいし。
そう思っていると、隣に座っていたお兄ちゃんがそっと、ハンカチを差し出してくれた。まだ映画はエンドロールが流れているので、会釈して心の中でありがとう、と言って受けとる。涙をぬぐうと、ハンカチからいい香りがした。柔軟剤は私と同じはずなのに、柔軟剤とは違う香りだ。
エンドロールが流れ終わったあと、照明が戻り、シアター内が明るくなる。
「お兄ちゃん、ありがとう」
お礼をいって、お兄ちゃんにハンカチを返す。
「ううん、朱里の役に立ったなら良かった」
お兄ちゃんは、柔らかく微笑んだ。
その後は、お兄ちゃんが予め予約していたらしい、レストランで食事を食べた。クリスマスイブだからか、メニューが豪華だし、クラシックの生演奏もあって、とっても楽しめた。
今日は一日楽しかったな。
「お兄ちゃん、今日は……」
ありがとう、といいかけた私の口をお兄ちゃんが押さえる。
「まだ、今日は終わってないよ」
「?」
どういうことだろう。首をかしげると、お兄ちゃんは私の手を握った。
「行こう、朱里」
大きな時計の前だった。時計の近くには、クリスマスツリーもある。短針が、八時を指すと、時計から鳩が飛び出した。からくり時計になってたんだ。鳩が飛び出した瞬間、お兄ちゃんは微笑んだ。
「ハッピーバースデー、朱里。生まれてきてくれて、僕と出会ってくれてありがとう」
「え?」
思わぬ言葉に、びっくりする。
「朱里はいつもクリスマスに誕生日が近いから、いつもクリスマスと一緒にお祝いするのが、多かったけれど。ちゃんと、朱里の生まれた時間に朱里の誕生日を祝いたかったんだ」
お兄ちゃんが言う通り、いつも私の誕生日は、一日遅れてやってくることが多かった。だから、クリスマスイブって、私の誕生日っていうより、その言葉のままクリスマスイブっていうイメージの方が強かった。だから、自分の誕生日だってこと、すっかり忘れていた。
「私が、生まれた時間も知っててくれたの?」
私は丁度クリスマスイブの八時に産まれた。でも、そんなこと、お兄ちゃんに話したことなかったはずだ。
「朱里のことなら全部知ってる……といいたいところだけど、お義父さんから聞いたんだ」
お兄ちゃんは、ちょっとだけ恥ずかしそうにそういった。それから、包みを差し出した。
「これ、バースデープレゼント」
「開けてもいい?」
「もちろん」
お兄ちゃんからもらった包みは縦長だった。何だろう。どきどきしながら、包みをあける。出てきたのは──。
「ネックレスだ! ありがとう、お兄ちゃん」
パールみたいな飾りがついたネックレスだった。
「朱里が、今つけているイヤリングに似合うと思って」
そこまで考えて選んでくれたんだ。すごく、嬉しい。
「よかったら、着けようか?」
「うん! お願いします」
お兄ちゃんが、ネックレスを私につけてくれる。
「うん、やっぱり似合ってる。おめでとう、朱里」
そういって、お兄ちゃんが微笑む。お兄ちゃんが笑って私の誕生日を祝ってくれて。ああ、私、幸せだ。
──私の十六才の誕生日は、とても幸せな誕生日だった。
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