恋をしたから、その日まで 1

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恋をしたから、その日まで 1

──人に優しくあれと願われた。だから、そうありたいと思っていた。  「優に、会わせたい人がいるの」 そう、お母さんが言ったとき、ああ、と思った。お父さんが交通事故で亡くなってから、お母さんの笑顔は減った。そんなお母さんの笑顔が、最近、増えるようになった。だから、もしかしたら、そんな日が、僕の新たな『お義父さん』ができる日がやってくるのかもしれないとは思っていた。  人の心は移り変わる。相手がもうこの世にいないのなら、なおさら。お母さんを責めることはできない。だって、お母さんは僕のお母さんであるとしても、お母さん自身の人生を歩んでいることに変わりはない。だから、愛する人と一緒になりたいというのは、ごく自然な感情なのだと、頭では理解しながら、心のどこかで裏切られたような気がしていた。  複雑な感情を抱きながら、その新しいお義父さんとやらに会うことになった。優しくあれと望まれた自分は、お母さんを悲しませるような真似をするわけにはいかないので、いつもよりもはしゃいでみせた。  果たして、初めて出会ったお義父さんは、悪い人ではなかった。豪快に笑う人で、とにかく明るい人だった。まだ、心のどこかで認めることはできないけれど、お母さんが、好きになるのも頷ける。何回か、お義父さんに会った後、実はお義父さんにも子供がいるのだと聞いた。女の子だそうだ。  「優に、義妹ができるの。とても、可愛らしい子よ」 お母さんは、その子のことをそう評した。  その子との初めての顔合わせの日。僕は、その日を忘れることはないだろう。お母さんから名前は聞いていた。お義父さんの後ろに隠れるようにしているその子に優しく話しかける。  「僕の名前は、優。よろしくね、朱里ちゃん」 僕がそういって微笑むと、わかりやすく頬を染めた朱里を確かに可愛いな、とだけ思った。けれど、その印象はすぐに覆されることになる。  顔合わせが行われたのは、公園で。僕らは、二人で遊ぶことになった。一通り、遊具で遊び、今度は砂山を作ろう、と朱里がいった。  砂場は、お母さんたちから完全に隠れてはいないものの、滑り台などで微妙に隠れていていることと、遠いことから表情までは見えない場所にあった。  「あのね、優くん」 「どうしたの、朱里ちゃん」 大きな砂山を作り終わると、朱里はしゃがんでいる僕に耳打ちした。  「もう、大丈夫だよ」 「?」 何が大丈夫なんだろう。疑問に思っていると、朱里は、立ち上がって、僕の頭を撫でた。  「もう、お父さんたちから見えてないから、泣いても、大丈夫」  どうして。上手く隠していたつもりだった。新たな父だという人を心のどこかで認めることはできない思いを。実際に、お母さんにも気づかれなかったはずだ。お母さんは、僕がお義父さんによくなついていると喜んでいたから。それなのに、僕より幼い、この子に、どうして。  けれど、そう思うのに、頭を撫でられると勝手に涙は溢れてきた。 「大丈夫、大丈夫だよ」 認められない僕のことを赦すように、朱里が穏やかな声で僕を撫でる。その手は、僕が泣き止むまで、止まることはなかった。  「どうして、僕のこと……わかったの?」 僕が泣き止むと、お母さんたちに怪しまれないようにと再開した砂山作りを始めた朱里に尋ねる。 「私も、そうだったから。だから、優くんもそうかもしれないって、思ったの。あっ、でも、今はちゃんとお義母さんのことも好きだよ」  そういって、朱里はぶんぶんと首を振る。 「別に疑ってないよ」 というと、安心したように、朱里は笑った。 「あのね、新しいお義母さんができるって聞いて、嬉しいのと悲しいのとどっちもあって。新しいお義母さんができることは、嬉しいけど、そしたらお母さんのこと忘れなきゃいけないのかなって思ってた」 でも。と朱里は続けた。  「お母さんのことが好きなままでも、新しいお義母さんのことも好きになれるってわかったから、だから、大丈夫」 そういって、微笑んだ。ああ。なんて、この子は強いんだろう。その僕よりも幼いながらももっている強さに、素直に感心した。  「あっ、でも私泣き虫だから、今度私が泣いちゃったら、優くんも頭撫でてくれる?」 「もちろん」 不安げに言われた言葉に笑う。この子に優しくしたいと思った。誰かに願われたからじゃなくて、僕自身が初めてそう思った女の子。その感情の名前を僕は、このときは、まだ知らなかったけれど、そう思ったことは確かだった。
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