10人が本棚に入れています
本棚に追加
「いっちー!いっちー!おーきーてー!」
ユサユサと揺さぶられ、壱は目を覚した。
車に乗っていたはずが、いつの間にか事務所の2階にある待機室のソファに横たわっており、ねぼけた頭で啓治が運んでくれたのか。と納得し、自分を起こしたのがそうだと気づき、ガバッと起き上がる。
「そう!大丈夫か?」
「びっくりぃー!大丈夫大丈夫!
僕初めて病院で四つん這いなったよ。恥ずかしいけど、ちょっと勃った。」
てへ。と大きな瞳に小さな口をくしゃりとさせて笑うそうを見て安心し壱はまた身体をソファに預けた。
「良かった。」
「いっちーもう、終りでしょ?ご飯行こー!!」
時計を見ると、0時を回っていた。
13時から23時までのシフトで提出していたのに随分と寝てしまっていたようだ。
「焼肉食べたい。」
「よし!いこ!」
「給料貰ってくるわ。」
「あ、僕もまだだった!一緒に行こ!」
壱とそうは、荷物をまとめ給料を貰いに1階の部屋の扉を開けた。
「げっ」
壱の第一声に、サラサラのベージュの髪に細身のボーダースーツ、胸ポケットにはハイブランドのハンカチーフが入れられている。
「あ、オーナー!お疲れ様ー!」
そうは人懐っこい笑顔でオーナーの元に駆け寄るのとは逆に、壱はそろりと部屋から出ようと扉に手をかける。
「壱」
それを静かに綺麗なオーナーの高めの声で止められた。
「あー、お疲れ、っす。」
「なんで逃げるの。」
「いや、なんとなく?」
「なんとなくで、雇い主から逃げるもんじゃないよ。」
ね?とそうの頭をなでながらオーナーは首を傾けた。
壱は観念したかのように、近くにあった椅子に座った。
壱はオーナーの見透かすような顔や行動が苦手だった。
きれいな顔に、180cmをこえる長身に長い脚。
32歳という若さで風俗業だけでなく、飲食店を手がけ財もある。完璧に見えるオーナーにどう接したらいいのかも未だにわからない、という事情もある。
「そう。今日はごめんね。大丈夫?」
「大丈夫だよこれくらい。」
「これ、とりあえずの治療費。」
オーナーがそうに手渡した封筒は治療費と言うには厚い。
そうは一度うけとり、その厚みに気づきオーナーに返そうと胸におしつける。
「こんなにはもらえないよ!」
「いいから。しばらく仕事でれないでしょ?」
「でも。」
「妹さんの修学旅行あるって言ってたよね?ちゃんとお小遣いあげてあげて。」
「んー!!オーナー!好き!」
「うん。知ってる。」
ぎゅうっと抱きつくそうは161cmしかないため、すっぽりとオーナーの胸元に収まる。
その頭を撫でるオーナーは、いつもの笑顔をそうにむけている。
それを見て壱は、いい人はいい人なのだが何考えてるのか分からん。と苦い顔をしていた。
「おい。壱どーした。腹でもいてーのか?」
「啓治さん。」
ぽんっと頭に当てられた現金を壱は受取り、受取のサインを済ませる。
「壱明日休みだったな。飯そうと行くんだろ?これ使え。」
はい。と啓治に渡された焼肉店の食事券をあがめるように空にかがげ壱はキラキラとした目を啓治に向けた。
「やった!啓治さんサンキュ!!焼肉の気分だった!!」
「お前、焼肉しか行かないだろ。」
「そうともいう!!」
「焼けるなー、私にはあんな嫌そうな顔するくせに。」
食事券に気を取られ、一瞬オーナーの存在を忘れていた壱の肩に細く長い腕が絡まる。
高そうな香水の香りが鼻にかすみ、自分の顔の横にあるオーナーの顔に壱は目を細めた。
「何だその顔。不細工だなぁ。」
啓治のははっと言う笑いに、いじけたように口をとがらせた。
「オーナーと並べば大抵の人間がブスだわ!」
「うれしいこといってくれるねぇ。」
よしよし、とオーナーに頭を撫でられ、壱は照れながらも頬を膨らませた。
最初のコメントを投稿しよう!