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リビングへ戻ると、和夫がふらりと倒れかけていた。
壱は、咄嗟に駆け受け止めようとしたが和夫が壱の腕に倒れ込むことはなかった。
「大丈夫?」
「え。あぁ。なんで目薬ってさすとフラッとするんやろ。」
「え。なにそれ。どんな目薬」
和夫の手に持たれていたのは市販のよくある目薬だった。
目薬でめまいがすることもあるのか。と思っているとまだ片目しかさしていなかった和夫はもう片方に目薬をさした。
仁王立ちで首を直角に傾けて。
「ふはっ!いやそれ、首の角度の問題でしょ。」
「え、首なん?」
壱の言葉に勢い良く首を正面に戻した和夫は今度は踏ん張りきれずに壱の体にぽすりと倒れ込んだ。
自分より大きな体に押され、片足後ずさりなんとか踏ん張る。
「すまん。」
「いや。首直角にしたりするとめまい起きやすい。座って打てよ。」
「あーたしかに授業中さしてもめまいせんかも。」
「俺もスマホのいじりすぎでストレートネックなってるから、首倒すと痛いしめまい良く起きる。」
「すごいな。壱博識。」
「それより早くどいて。」
壱の肩に頭を乗せたまま、話し込む和夫を引き剥がそうと身体を押す。
しかし、踏んばっているのかなかなか起き上がらずにいる和夫が壱の首元に擦り寄った。
「てっめ。」
反射的にみぞおちをグッと押したら流石に痛かったのか、後ろへよたよたと後ずさる。
「っ...壱煙草臭いなぁ。」
お腹を抑えながらにへらっと笑って壱を見た和夫にうるせぇ。と告げそういえば驚きやら二日酔いやらで一服してないことに気づく。
気づいてしまったら吸いたい欲は吸うまで消えることはないだろうと、タバコを探すが見当たらない。
「タバコ切れてたんだっけ。」
「おう。昨日なくなったって騒いでたで。」
「まじか。コンビニ近くある?」
「あるけど。ピアニッシモでよければあるで。」
「え。お前吸わないんじゃねぇの?」
「あぁ。友達忘れてったやつ。」
ガサガサと引き出しをあさり、新箱のピアニッシモを出してきた。
煙草で人を判断するものではないが、女性がすっているイメージの強い煙草で、新箱であるからして、彼女のものかと思い込む。
「さんきゅ。」
預かっている住人がいいと言ってるのだから遠慮はいらないだろうと、受取り、ベランダへいく。
気づかなかったが、ベランダから下を覗き込むととても高い階層だったことを知った。
「金持ちかよ。」
「親父の元愛人の家やでここ。」
がらがらと、コーヒーが入ったマグカップを器用に2つ片手に持ってベランダへやってきた。
一つを渡された壱は素直に受け取り、ポケットからだしたガムシロップとミルクに首を横に振る。
和夫は、マグカップをベランダに置かれた白い机に置きガムシロップ3つとミルク2つをいれた。
「あ、かき混ぜるもん忘れた。」
「入れてから持ってこいよ。」
「壱もいるかなぁって思ったんやもん。」
諦めたのか、少し円を書くようにマグカップを回し飲んだ。
「にが」
「それ、下の方ガムシロ飲んでるだけになるぞ。」
「ははっ!せやな!
ところで、壱。高校辞めてからどうしてたん。」
「別に。普通に生きてた。」
「せやろな。」
隣にたち、じっとこちらを見ている視線に居心地の悪さを感じ壱はタバコの灰を置いてあった灰皿に捨てるふりをして和夫に背を向けた。
「ってか、親父の愛人の家とかすげぇな。」
「何もすごないやろ。結局愛人も別の人と結婚してここでてって、売るか違う愛人見つけて住まわせるか悩んどったから、俺が使わせてもろた。」
「お前の家金持ちだったんだな。」
そんなほいほい愛人を見つけられる父親とはどのような人なのか、と少し興味もそそられる。
きっと、和夫ににてイケメンの部類に入る人物なのだろうと素直に思った。
「金はあっても困らんけど、金だけしかないんも寂しいで。」
「こんな広い家住めるならいいじゃん。俺なんて職場の寮で同居人いるし隣の部屋そうだから、気使う。」
「寮とか楽しそうやん。」
「何も楽しくねーよ。」
金持ちはやっぱり、悪気もなく自分の経験したことのない事への興味を表してくる。
それに腹が少し立った。
「部屋余っとるからうち来てもええんやで。」
確かに、自分が寝ていた部屋の他に2つ扉があったな。と思いながらもいらないおせっかいだと、無視をしてコーヒーを飲み干す。
「そうさん起きないと帰れんやろ?飯でも取るか?」
「二日酔いにデリバリーは重い。」
「今時お茶漬けもデリバリーできるんやで。」
「お茶漬けに2000円出す人の気持ちがわかんねぇ。永谷園が一番だろ。」
グダクダと話をしながら部屋に戻ると、そうが寝室から素っ裸のまま這いずって出てきていた。
「そう!大丈夫か?」
ぱたぱたと壱がかけより、しゃがみ込みそうを支えた。
「吐く。」
おえっと吐かれた嘔吐物に慣れた手つきで床を汚せまいと自分の服をめくり、嘔吐物をキャッチした。
「わりぃ。袋取って。」
「あ、おう。」
大きい袋を台所から持ってきた袋に嘔吐物をながし、くるくるとシャツの裾をまいて髪が汚れないように器用に服を脱ぐ。
その一連の動作をみていた和夫が黙ってこちらを見ているのに気づき壱はもう一度わりぃな。と謝った。
「まだ切ってるんやな。」
吐いたことや、受け止めて汚いとかそうゆうことではないらしい。
ふわりと上げられた和夫の手が壱の二の腕の傷をそっとなでる。
「っ...!」
「すまん。痛いか?」
壱の反応にぱっと腕を引く和夫。
「いや、くすぐったいわ。」
「コッペイチ君はコッペイチ君のままやなぁ。」
「その呼び方やめろ。」
「ほんなら、心配なるから切るんやめや。」
「切ったってお前には迷惑かけてないだろ。」
「人の気も知らんで。」
また、傷に手を伸ばし撫でるように触る。
普段から客にされている行為だが、なぜかとても照れくさくくすぐったい。
「やめろって...!!」
和夫の腕を捕まえた壱の顔は赤く染まっていた。
その表情に和夫は満足そうに笑い手を頬に伸ばしかける。
「おい...クソガキ共。イチャイチャしてねぇでトイレ連れてけ。」
寝起き+二日酔いで機嫌の悪さマックスの状態のそうの言葉に壱は我にかえり、ぱっとそうの身体を抱き上げる。反対側からは和夫が支えた。
「自分つれてくから、冷蔵庫からアクエリ持ってきてもらえん?水分ないと吐くのしんどいやろ。」
「わかった。」
そうと和夫の背中を見送り、冷蔵庫をあける。
暫く、顔を冷やすようにその場に立ち止まった。
右手は和夫に触れられた傷をなぞる。
なんとも言えない感情に首を横に振り、スポーツ飲料を冷蔵庫からとりだしトイレに向かう。
そうの背中を擦る和夫に手渡し変わる。と伝えても大丈夫。と断られ壱は手元無沙汰に入り口に立つ。
「わりーな。」
「なんも。よーあるこっちゃ。リビングでまっとき。」
「ん。」
和夫の言葉に素直に頷き、リビングへ向かう。
すり寄ってきた猫を抱きかかえソファに座り、自分が意外にもあまりいい思い出のない高校時代の知人とすらすらと話をしてることに大人になったなとしみじみと感じた。
猫がふにゃぁっと鳴きふわりと壱は笑顔を零す。
ガチャリと、扉が開き裸のまま隠しもしないそうと後ろで苦笑いをしたそうが戻ってきた。
「ふぁー!スッキリした!ごめんねぇ。壱服は買ってあげるから、とりあえず僕の上着きる?」
吐いたため普段だったら2時間近くは機嫌の悪いそうがすっきりとした表情に驚きながらもそういえばそうだけでなく自分も上半身裸なのを思い出す。
「いや。あんなクマ柄はきたくない...」
「えー、けどそんな格好で外出たら警察呼ばれるよ?」
「俺の着て帰りや。」
和夫はそのまま自室であろう部屋に入っていった。
スッキリした顔でニヤニヤと壱をみながら笑うそうに壱は抱きかかえていた猫を床におろす。
「なに。」
「いんや。楽しい休日だなって思って。」
「なんだよ。」
「べっつにー。」
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