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いつから女の子を好きになってしまったのか考えてみましょう、なんて言われても困る。
いつから、どこから、なんてことはなく、気がついたら女の子を好きだったのだから。
だから、いつごろ同性であるはずの女の子を好きだという気持ちに気づいたのか、という問いでなくてはおかしい、と岸土さやかは思う。
図書館の節だらけの机に腰掛けているさやかは、読んでいた貸本の後ろのページを見た。
ページをめくるたびに埃が舞っているような気がするこの古本の初版は三十年以上前、しかも訳本だった。
さやかは、と黒髪ショートカットをさらさらと揺らして、ああ、とひとり頷いた。
同性愛は精神疾患だとされていた時代の本だった。
この春から通っているこの恵徳女子大学の図書館の司書は、閉架書庫から随分と時間をかけてこの本を探してきてくれた。
三十年以上前へタイムスリップするのに必要な時間にしては、軽やかな時間だったような気もするけれど。
せっかく人に出してもらった本をすぐ返却するのもな、とさやかはもう一度読んでいたページに戻った。
端の黄ばんだ厚紙が塵を立てて、さやかは二度咳き込むはめになった。
同性愛は病気と捉えられていた時代の本の次のページには、同性愛の治し方が書かれていた。
まず、イメージトレーニング。思い込むことが大切です、と。
同性はあなたに危害を与えてくるだとか、ひどく醜い存在だとか、あなたに何のメリットも与えてくれない存在だとか。
それに加えて同性愛は犯罪です、と。
だから同性はあなたが愛すべき存在ではありません、と。
対して異性は、生涯に渡ってあなたを支えてくれる素晴らしいパートナーだとか、優しく、結婚もできる、メリットばかりの存在だとか。
だから、異性を好きになりましょう、と。異性をイメージして自慰をしてみましょう、と書いてある。
必ずあなたは異性を好きになれるはずだと。
その行を読んで、さやかは静かに本を閉じた。勢いに任せて乱暴に閉じてしまいたかったけれど、ひとりの本好きとして我慢した。
さやかはその忌々しい古本を図書館の机に置いたまま、声には出さずに問いかけた。
なら、ヘテロセクシャル《異性愛者》の人はいつから異性が好きだったんですか。
きっと、気がついたら異性が好きで、気がついたら恋をしていて、それを初恋と呼んできたでしょう、と。
同性愛者だって同じなのにな、とゆっくりと瞼を閉じた。
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