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あの夜から三週間が経った。
僕は空野が口にした言葉をどう受け取ればいいのかわからないままで、刺激のない夏休みがひどく退屈に思えた。それほどまでに、彼女と過ごした時間は濃いものだったのだ。
お見舞いに行こうかと何度も悩んだけれど、どうしても空野がそれを望んでいるとは思えなくて。彼女から連絡がないこともまた、僕に二の足を踏ませた。
あのとき、僕はどう言えばよかったのだろう。
未だに出ない答えに頭を抱え、夏休みの課題を広げても一向に進まない。漫画を読む気にもなれず、空野のことばかり考えていた。
(悪化したとか……? いやでも、空野は一度は寛解してるんだし)
不安が過るたび、慰めにもならない言葉を繰り返す。彼女はもっと不安な毎日を送っているのだろうと思うと、ただ日々を消化しているだけの自分に苛立ちもした。
やるせない感情ばかりが募り、課題をするのは諦めてベッドに突っ伏す。
直後、スマホが鳴り出し、着信を知らせた。飛び起きた僕は、ディスプレイに表示された【空野未来】という四文字に目を丸くし、すぐに気分が高揚していくのがわかった。
空野にそれを悟られたくなくて、急いで深呼吸をする。平静を纏える自信はなかったけれど、逸る気持ちを抑えられなくて通話ボタンをタップしていた。
「もしもし?」
思ったよりも弾んだ声をごまかすように、咳払いをひとつする。
電話の向こうがやけに静かなことに違和感を覚えながら、再び口を開こうとした刹那。
『日暮優くんですか?』
予想とは違う聞き慣れない声が鼓膜を揺らし、心臓が嫌な音を立てた。
「……っ、はい」
肌にじんわりと汗が滲み、直後に全身に悪寒が走る。
『はじめまして。空野未来の母です』
その先は聞きたくなかった。真実を知らなければ、僕はまだあの日々の中の思い出だけを感じていられるはずだったから。
けれど――。
『娘が……未来が、昨夜亡くなりました』
無情にも現実が突きつけられ、目の前が真っ暗になった。
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