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青い屋根の家の前までは何度も足を運んだのに、こんな形で初めて中に入ることになるとは想像もしていなかった。
空野の母親は、空野ととてもよく似ていた。彼女が大人になったらこんな風になるんじゃないか、と思えるほどだった。
「未来にとても良くしてくれたんですってね。あの子の希望で葬儀は家族だけで済ませるんだけど、『日暮くんにだけは連絡してほしい』って言われてたの」
泣き腫らした目で微笑む空野の母親は、空野が安置されている居間に僕を招き入れ、彼女と対面させてくれた。そこにいた空野は、まるで眠っているようだった。
白い肌も柔らかそうな髪も、最後に会ったときと変わっているとは思えない。
けれど、彼女はもうこの世にはいないというのだ……。
「ありがとう、未来を笑顔にしてくれて。あの子、最近はよくあなたの話をしてたのよ」
「え?」
「入院することが決まったときも、『やりたいことがあるから待って』って懇願されたのよ。きっとあなたと過ごしたかったのね」
入院した二日後から白血病の治療を始めるはずだった空野は、その日の朝に肺炎にかかって合併症を併発し、容態が急変した。入院した段階からすでに悪化していた彼女の体は、高熱と合併症に耐えられなかったのだという。
「でも……あんなに元気に笑って……」
貧血を起こしたことはあったけれど、空野はずっと笑っていた。ときどき彼女が病人であることを忘れるくらい、明るい笑顔を見せていた。
空野の母親は悲しそうに微笑み、「きっとあなたとの時間が楽しかったのね」と零した。
「それでね、未来から伝言があるの」
茫然としている僕に、優しい声が投げかけられる。
「『あのとき渡せなかったお礼、よかったらもらって』って。私にはなんのことか教えてくれなかったんだけど、『そう言えばわかるから』って言うのよ」
なにも言えずに空野の母親を見れば、胸が張り裂けそうになった。
(どうして……。どうして僕はあのとき……)
空野の話を最後まで聞かなかったことが、大きな後悔となって押し寄せてくる。今になって、取り返しのつかないことをしたのだと気づいた。
「『五分だけふたりきりにして』って言われてるから、またあとで来るわね」
かけられた言葉が、耳からすり抜けていく。背後で空野の母親が出ていった気配がしても、僕はただ空野を見つめたまま動けなかった。
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