プロローグ

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プロローグ

僕のクラスには、ひときわ目立つ少女がいる。 大きな二重瞼の瞳に、ほのかに桃色に染まった頬。白い肌に似合う、栗色の柔らかそうな髪。鈴の音のような声とは不釣り合いに見える、まっすぐな背筋。 コロコロと変わる表情はどこか自由で伸びやかで、弾けるような笑顔はその場にいる者たちを惹きつける。 性格はとても明るく、成績は上位で、運動もそこそこできる。『悩みなんてなさそう』と言ったクラスメイトに共感できるほど、いつも元気で楽しそうだ。 〝美少女〟というにはひどく親しみやすい雰囲気を纏い、けれど〝可愛い〟よりは〝綺麗〟と形容したくなる容姿を持つ彼女は、空野未来(そらのみらい)。 反して、僕――日暮優(ひぐらしすぐる)はなんとも冴えない。 黒くてやぼったい髪に、インドア派を代表するように日焼けしていない肌。成績は真ん中くらい……と言いたいところだけれど、残念ながらそれよりも少しだけ下だ。運動も苦手で、唯一の自慢は視力がいいことくらい。 そんな名前負けの僕から見れば、名前まで明るく前向きな空野は、まるでみんなに愛されるために生まれてきたような存在に見える。 クラスの人気者と、友達と呼べる同級生が学校にひとりもいない日陰者。この一年間はおろか、仮に三年間同じクラスだったとしても、きっと僕たちが関わることはないだろう。 僕は別に、空野のように目立ちたくはない。学校カーストの最下層だとしても、クラスにひとりも友達がいなくても、いじめにさえ遭わなければやり過ごせるものだ。 学校生活が楽しいかどうかよりも、何事もなく生きていければそれでいい。僕のような人間は粛々と与えられたことに取り組み、真面目に無難に生きていくのが一番平和なのだ。 中学時代にそれをしっかりと学んだ僕は、今日も背中を丸めるようにして図書室で借りてきた夏目漱石を読み、この教室の片隅で一日を終える――。
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