22人が本棚に入れています
本棚に追加
「咲さんに何かしたでしょ?」
喫茶カノンの店主・山本悠太は、不機嫌そうな顔でコーヒーを啜るカウンター席の瀧川凛太郎に尋ねた。
「はぁ? 俺が?」
思わぬ濡れ衣に、凛太郎はキョトンとして悠太を見つめる。
「なんで俺が……。そもそも、あいつとはこことエレベーターぐらいでしか顔を合わせない……」
そこまで言って、凛太郎はハタと気がついた。
「そういえば、あいつ、最近ここに来ていないんじゃないか?」
凛太郎の問いに、悠太は大きくうなずく。
「そうなんです。咲さん、最近、全然顔を出してくれなくて。しかも最後に来たとき、気になることを言っていたんです」
「気になること?」と凛太郎は片眉を上げた。
「はい。──『引っ越そうかな』って。それはもう深刻な表情で。だから、凛太郎さんの嫌がらせが続いているのかと思って、聞いてみたんですけど……」
悠太はジトリと凛太郎を睨んだ。
「だから、俺じゃないって」
凛太郎はブンブンと手を振り、否定する。それから辺りを見渡し、「あいつじゃねーの」と後ろを親指で差し示した。
悠太はその指のほうへと視線を移す。そこには華村ビルのオーナーでフラワーアレンジメント講師の華村花音の姿があった。
花音は、店内にテーブルフラワーを生けている最中なのだが、その手はピタリと止まり、愕然とした表情を浮かべていた。
──絶対、何か心当たりがあるな。
「な、武雄っ」と呼びかけると、花音はハッとして、視線をこちらへと移した。
最初のコメントを投稿しよう!