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「来る!」
突然アートルムの声が響いた。
避ける間もなく、火球や砂嵐が頭上から降り注ぐ。
アートルムが本領を発揮するのは接近戦だが、魔剣を手にすれば防御も堅い。
魔剣『極夜』から放たれた闇色の帯がそれらを弾いた時には、オルビスの光の矢が相手へと向かっていた。
無詠唱で繰り出す攻撃魔術はオルビスの得意とするところで、速さは大学の教授たちをも凌ぐ。
ウェントゥスの長槍『旋牙』は、間合いの中に敵を入れることがない。
アートルムと背中合わせになれば、何よりも頼もしい。
私の取柄は鑑定で、魔剣士としての腕前は彼らの足手まといにしかならない程度だ。
できるのは全員に不可視の鎧を着せることくらいだった。
「やりすぎなんだ、オルビスは」
「人のことが言えるか」
懲りもせず言い争うオルビスとアートルムは放っておいて、攻撃を仕掛けてきた連中が逃げ散った中、一人の若い男を捕らえることに成功した。
辛うじて、だ。
息も絶え絶えで、治癒魔術が間に合ったのが不思議なくらいである。
「何が目的ですか?」
私は事務的に切り出した。
ウェントゥスがさりげなく長槍を担いで横に立つ。
「話すわけがないだろう」
この反応は当然だ。
「開きと串刺しと消し炭になるの、どれかを選んでください。何なら全部一緒でもいいですよ」
「そんな脅しには乗らない」
背後から放たれるアートルムやオルビスの凶悪な殺気をも受け流すとは、なかなか骨のある男だ。
その時、グラウェ師がゆらりと動いた。
「お若いの、新しい魔法を試させてもらっていいかのう?ただワシはこの年じゃから物忘れが激しいんじゃ。中途半端にかかってしもうたら二度とは元の姿に戻せんが許しておくれ」
それは怖いと私は思った。
男もそう思ったらしく、あっさりと口を割った。
「頼まれただけだ。イデア……そう、イデアだ。人の名前か組織の名前かは知らん!」
「話したら助けるとは言ってはおらんが、よく話してくれたのう」
「!!」
どうやら本当に下っ端らしい。
「よくもだまし……え?……ソールさま、何を……」
言い終わらないうちに、喉に刃が突き立ち、男はそのままこと切れた。
「ここまで使えないとは思わなかったな」
どこから現れたのか、長身の、酷薄そうな笑みを浮かべた壮年の男が立っていた。
燃え立つような赤毛が印象的だ。
「そう簡単に始末できる連中だとは思っておらぬがな。この土地の力はもう我々が搾り尽くしたから廃棄するだけだ。無駄足だったな」
「何を……!」
オルビスが飛ばした光の矢は、空中で消滅した。
「ここでやり合うつもりはない。次に会う時にはこの世界は形を変えている。魔法国の妾腹の王子、魔剣士の長と魔法鍛冶師の長の出来の悪い息子、ヴィアム商国の評議会長の養子、力の限界を超える者。今の世界では異端とされる力を、イデアなら存分に活かせるであろう」
ソールと呼ばれた男の姿はかき消えた。
瞬間移動なのだろう。
本来複雑な魔法陣を描き詠唱が必要とされる術を、男は何の動作も言葉もなく発動させた。
私たちはなすすべもなく立ち尽くした。
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