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どうしてこんなことになったのだろう。
私は答えの決して出ない問いを繰り返すばかりだ。
「その手を離せ、ロクイ―」
身体を起こそうとするオルビスを、私は押さえつけた。
指一本動かせる状態ではないのに、世話が焼ける男だ。
滅茶苦茶に瞬間移動が繰り返されたせいで、この場は既に時空の歪みに呑み込まれていた。
元いた世界に戻るために温存しておいた力は、今オルビスの命を繋ぐために注ぎ込んでいる。
ウェントゥスがイデアに取り込まれたのは、家族の命を握られてしまったせいだった。
どんな理由があっても、ウェントゥスの力は世界中で数えきれないほどの命を奪ってしまった。
今のウェントゥスは、もう私たちの親友ではない。
そうなるまでに救えなかったことを、私たちは悔やんだ。
アートルムはウェントゥスとともに、最も歪みの激しい空間に飛び込んで行った。
別の空間にいてさえ、力のぶつかり合う振動が伝わってくる。
誰も近づくことすらかなわない場所で、二人の命の雫は滴り、流れ続けていた。
永遠にも感じられる時間だった。
空間を揺り動かすほどの音が轟き渡り、私たちの身体は投げ出された。
「戻れ!今すぐ帰って来いアートルム!!」
誰よりも恰好の悪いことを嫌うオルビスが、涙も鼻水も隠さずに叫んだ。
「来ないならこちらから行くぞ!」
「やめろオルビス!」
轟音で裂けた空間にオルビスが身体を滑り込ませる。
無我夢中で、私はその背を追った。
アートルムがウェントゥスの胸に『極夜』を突き立てた。
アートルムの詠唱は、残された全ての力を魔剣に注ぎ込むものだった。
ウェントゥスの姿は眩い光となって散った。
あとに残ったのは元の姿もわからないほどの傷を負ったアートルムだけだった。
私たちは、『極夜』が砕ける寸前で形を留めていたことで、辛うじてアートルムの命が失われなかったことを知った。
オルビスも似たようなものだった。
グラウェ師が私たちを救出に来なければ、全員の命は尽きていただろう。
その方がましだったのではないかと思うほどの喪失感と虚無感に、私たちが圧し潰されなかったのが不思議なくらいだ。
私たちの物語はここで一旦終わりを迎える。
一旦、である。
これが更なる物語が紡がれる前夜の話に過ぎないことなど、その時の私には知る由もなかった。
【完】
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