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カウンセリングルームの扉を開くと、そこは眩い空間だった。インテリアもすべてが優しい色に包まれていて、ふわりとバニラの甘い香りが鼻先にまろび出る。室内へ一歩踏み出した時、部屋の中央の椅子に座っていた人影が音もなく立ち上がった。夕暮れの背景に白衣の裾がひらりと揺らめて、光を纏って舞い戻る。微笑んだ青年の顔を、ゆるやかに瞳が捉える。すらりと佇むその姿は、まるで王子様みたい。素直にそう思ったことを今でも覚えている。入り口でぼうっと突っ立ったままでいると、彼は、どうぞ、と目の前の椅子を勧めてくれた。同じタイミングで座ってくれて、はじめまして、彼はそう言って柔らかに微笑んだ。
「カウンセラーの、遊佐静也です」
ゆさ、しずや。心の中で、咀嚼するように彼の名前を唱える。すると、彼がそっと胸にある名札に触れた。太く丸い字で印刷されたその文字を見て、また反芻する。遊佐、静也、先生。おそるおそる彼の顔を見上げる。視線がかち合って、瞬間。彼の瞳に夕暮れの橙色が灯った。強い赤みを帯びたその色は鮮やかで、瞬時に血を連想させた。どくん、と胸が高鳴る。けれど彼が目を細めた途端、それはみるみると優しく凪いでいった。強い色がなだめられるように柔らかな、金色に変わっていく。どくんと鳴った心臓が、きらきらと輝く微笑みによって、とくん、とくん、と和らげられる。スローモーションにも感じたその光景を見て、わたしはなぜか心の底から安心した気持ちになっていた。この人なら、大丈夫なんじゃないかと。
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