第三章 ホテルで過ごす夜

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第三章 ホテルで過ごす夜

 海辺を見下ろす山々に、いくつか観光客用のホテルがたっている。 「本来ならば、パンフレットなどでお好きなところを選んでいただくところなのですが。急ぎなので、こちらで決めさせて頂こうと思います」  慎一郎の言葉に、有希は「わかりました」と返事を返したものの、急ぎとはなんだろうと首を傾げた。 (誰かに追われているとか? そんな、ドラマじゃあるまいし)  慎一郎が急ぐ理由が思い当たらず、なんとなく、トイレを我慢してるのかもしれない、という結論で落ち着いた。  慎一郎はいくつもあるホテルのなかから、茶色い壁をしたホテルを選んだ。何十階あるのか想像もできない大きなホテルだ。  車を駐車場に止めると、旅行にしては少ない荷物を持って、二人でロビーへ向かった。  慎一郎がフロントで、受付の女性に部屋が空いているのか確認している姿を、ぼうっと眺める。部屋は空いていて、慎一郎がペンを持って必要事項を記載しはじめた。  ふと、対応している女性フロント係が、慎一郎をうっとりと見つめていることに気づく。接客のプロなだけあって、露骨に表情に出ているわけではないが、視線が慎一郎の顔に固定されていることと、彼女の細めた目が、慎一郎に見惚れていることを物語っていた。  慎一郎が格好いいことは、知っている。  知っているけれど、やはり、あまりいい気分ではない。  もしかして、水族館でもいろいろな人が慎一郎の見た目に見惚れていたのだろうか、と考えると、酷くモヤモヤした暗い感情を覚えた。 「有希」  名前を呼ばれて、はっと顔をあげる。 「なんですか?」 「疲れたでしょう? あそこのソファで待っていてください」  慎一郎が、離れたところにあるソファを示した。 「ここで待ちますよ?」 「いいえ、あちらで」  やけに強い口調で言われて、有希は頷いた。  なんだか追い払われたみたいで――というか、おそらく追い払われたのだろうが、寂しい気持ちになってしまう。  ソファから慎一郎を見る目が、憮然としてしまうのは仕方がない。けれど、彼が財布からカードを取り出して支払う姿を見た瞬間、理由を悟った。  水族館で、有希は強引に自分の分を支払おうとした。慎一郎は、今回も有希が気を使って払うと言い出すのを、止めたかったのではないだろうか。  理解した瞬間、慎一郎にむっとしてしまった自分が恥ずかしくなる。フロントの女性が美しいこともあって、いらぬ想像をしてしまっていたことに、今更ながら気づいてしまったのだ。  鍵を受け取った慎一郎が、有希を振り返って微笑んだ。  有希はぱっと微笑むと、慎一郎のほうへ駆け寄る。 「走ると危ないですよ」 「す、すみません。……気が逸って」 「私も、たいがい浮かれています」  ふたりでエレベーターに乗り込んだ瞬間、慎一郎が有希の腰を抱き寄せた。慎一郎との距離が近くなる。腰に添えられた手が、有希の腰を撫でた。 「――っ」  ぞくり、と甘い痺れが全身に走って、息をつめる。  これから、部屋にいくのだ。  ふたりきりの空間で、やることなど一つしかないだろう。  けれど、慎一郎は昨夜、自分自身の昂りに酷く動揺していた。また彼が、あのように混乱するようなことがあれば、有希はどうやって慎一郎を包み込めばよいのだろう。  降りた階は、十四階だった。  慎一郎に腰をさらわれたまま、二人くっつくようにして歩く。歩きにくいわけではないけれど、もし誰かに見られたら恥ずかしい。  部屋は、突き当り近くの、1405室。  オートロックの鍵をカードで開けた慎一郎は、有希をさきに、なかへ通す。 「わぁ!」  突き当りの窓からは、二色のコントラストが美しい水平線が見えた。海と空の青がそれぞれグラデーションに変化しており、海は近くなるほどに光を反射してきらきらと輝いている。 「綺麗」 「いい部屋でよかったですね」 「はい!」  振り向いた有希は、慎一郎が乱暴にコートを脱ぎ捨てる姿を見て、動きを止めた。  慎一郎の眉間には皴が寄っており、顔をしかめる姿は、不機嫌にも見える。 (怒ってる……?)  そんな考えは、慎一郎が有希を熱っぽい目で見た瞬間、消えた。  有希の傍まできた慎一郎は、丁寧な手つきで有希のコートを脱がすと、コートを椅子に投げかけた。  すぐそこにクローゼットとハンガーが見えているのに、コートを掛ける手間さえ惜しいように、慎一郎は有希の身体を抱き寄せる。  広い胸に顔を埋めて、大きな腕に痛いくらい強く抱きしめられる。お互いの身体が密着して、服越しでも凹凸がわかるほどだ。 「有希」  耳元で名前を呼ばれて、その熱い吐息に、身体を強張らせた。  耳に、首筋に、慎一郎が触れていく。唇でキスをして、ざらりとした舌で舐めて、音をたてて強く吸い上げて。  車での行為と違うのは、両手が有希の臀部を包み込むように撫でていることだ。硬くて熱い男の手が、臀部の丸みを確かめるように撫でまわしている。 「有希」  熱のこもった声で呼ばれて顔をあげると、唇が合わさった。  激しいディープなキスに咄嗟に身体を引いてしまうと、慎一郎は有希の頭に手を回し、逃げ場を遮った。それどころか、頭をおしつけるようにして、強引なキスをする。  絡まる舌に、聞いたことのない卑猥な音、角度を変えて深くまで浸食する彼の舌は驚くほど気持ちがよくて。  無意識のうちに、両手を慎一郎の首筋に回していた。 「っ、は、すみません」  慎一郎が顔をあげた。  そのことに、落胆を覚える。  有希は彼の謝罪を、突然すみませんでした、という意味だと解釈して、回した腕を離そうとした。 だが、次の瞬間。  有希は大きな腕に抱き上げられて、ベッドのうえにおろされた。  慎一郎は眼鏡をはずして小棹に置くと、有希へ顔を近づけてきて、唇を奪う。 「ふっ、ん、ぅ」  眼鏡がなくなって、先ほどよりもずっと近くに慎一郎の顔がある。より深く舌を絡ませて、角度を変え、口内を犯すようなキスを繰り返した。  いつの間に横たえられた有希は、慎一郎の手が胸の膨らみをやわやわと撫でる感触に、背筋を仰け反らせた。  慎一郎の顔が離れて、視線が交わる。  色に濡れた瞳で呼吸を荒くする慎一郎の顔が、すぐそこにあった。  ふと、彼が笑った。 「よかった」 「え?」 「嫌なのかと思いました。……そんなに嬉しそうな顔をされると、たまらなくなります」  頬に熱がのぼる。  そんなに嬉しそうな顔をしていただろうか。 (う、嬉しいのは、嬉しいし。伝わってると思うと、それも、嬉しいんだけど)  無性に恥ずかしいのは、これまで慎一郎には、有希の「女」の部分を見せたことなどなかったからで。  慎一郎の顔が下がって、服の上から胸の頂きをくわえた。 「ぁっ」 「こんなふうに、有希に触れることが出来るなんて。私は、幸せ者ですね」  かぷ、と大きな口で乳房を咥えて、舌の先で形を確かめるように舐められる。慎一郎の熱が肌に染みて、快感からぶるりと身体が震えた。  下腹部に集まった熱が、じんわりと下着に溢れるのを感じる。  これがもし、ブラウスや下着越しではなかったら、有希はおかしくなってしまうかもしれない。  そう思った瞬間、 「皴になってはいけませんね」  と。  慎一郎が、有希のブラウスを脱がしにかかった。驚くほどの手際の良さで、あっという間に取り除かれてしまう。驚いている間もなく、スカートも脱がされて、上も下も、有希は下着だけになってしまう。  すぐに覆いかぶさってきた慎一郎を、有希は、恨めしく見上げた。 「慣れてますね」 「どういったところがでしょう?」 「女性の扱いです」  歳の差があるのだから、そんなの当たり前だ。  これまで慎一郎は女性嫌いだと思っていたから、女性関係はほとんどないだろうと思っていたけれど、有希への対応を見ていると、それらも有希の思い違いだったことに気づいた。  女嫌いなのではなく、妻を持つことが嫌い、だったのかもしれない。  見目がよく、行動もスマートなのだから、モテるのも当然だ。きっと、慎一郎は経験豊富なのだろう。  ぴた、と制止したまま目をぱちくりしている慎一郎に気づいて、有希は慌てて言った。 「ご、ごめんなさい。格好悪いこと言いました。ただの嫉妬です」 「……嫉妬」 「はい」  途端に、慎一郎はおかしそうに笑った。  彼が声をあげて笑うところを見るのは、初めてだ。  慎一郎は有希を強く抱きしめて、首筋に顔を埋めた。 「安心してください。嫉妬などする必要ありませんから。私は、これまで誰とも関係を持ったことはありません」 「え、あの、でも」 「慣れていると思われたのなら、それは、私がそういう行為を見て育ったからでしょうね」 (……見て、育った?)  耳朶を甘噛みされて、ひゃっ、と身体が跳ねる。  舌が、耳のなかを舐めた。じっとりと、丁寧に、いやらしく。 「ぁっ」 「あまり面白い話ではないので、今は詳しくは言いません。けれど、のちほど、話を聞いてくださいね」 「ふ、ぁ、はいっ」  執拗なほどに耳を蹂躙しながら、慎一郎は左手をブラのなかに差し入れた。彼の手はすぐに、頂きで存在を主張している突起を見つけ出して、指で摘んだ。 「ひゃっ、あっ」  反対の手でホックを外した慎一郎は、有希の胸へと顔を近づける。  露わになった両の乳房を見つめ、うっとりと呟いた。 「こんなに硬くなって、感じてくれてるんですね」  有希は、隠れてしまいたくなる。  慎一郎は、左の乳房の柔らかな部分に吸いつくと、乳房全体をはむように唇で愛撫しはじめた。気持ち良さから勃ち上がった頂きは、先ほどから慎一郎の指がこね回していて、その都度しびれるような刺激が全身に走る。 「膨らんでますよ」  こねている指先が、その突起の大きさを確認するように触り方を変える。  かと思うと、きゅう、と強く摘ままれて、身体が跳ねた。 「あぁっ!」 「有希、可愛い」  慎一郎はそういうなり、寂しそうに震えていた有希の右の乳房の先端を、口に含んだ。強く吸い上げられて、咄嗟に両手を慎一郎の頭におく。 「ひっ――っ、ぁあっ」  ただ胸をいじられただけなのに、全身が震えるほどに気持ちがいい。胸の突起は膨らんで硬くなり、太ももの間では、秘部が刺激を求めて潤んでいる。  ちゅ、と音を鳴らしながら顔を離した慎一郎は、唾液でぬらぬらと光る先端を指で摘まんだ。同時に左右の突起をぐにぐにと弄られて、有希は必死で声を押し殺す。  硬い男の手が――慎一郎の手が――有希の固く尖った突起を、いやらしく刺激する。  有希は悦びに悶えた。  下腹部がしびれて蜜がしたたり、全身がほてって熱をもつ。 「嫌では、ないですか?」  慎一郎が、聞く。  彼の声は、上ずっていた。 「すみません。私はもっと有希に触れたいのですが、こうして触られるのは嫌ではないですか?」 「嫌じゃ、ないです。ただ」 「ただ?」  慎一郎の視線が、一瞬だけ、不安に揺れる。  有希は、真っ赤になりながらも、想いを吐露した。 「ものすごく恥かしくて、でもそれ以上に気持ちよくて、嬉しくて、おかしくなりそうです」  有希が言い終えるなり、慎一郎は有希の乳房の突起にむしゃぶりつき、軽く歯をたてた。 「ひっ、あっ」  名残惜しそうにさらに強く吸いついたあと、ゆっくりと身体を下方へずらしていく。両の太ももに慎一郎の手が触れたと思った瞬間、大きく足をひらかれて、「あっ」と声をあげた。  隠していた、しとしとに濡れた下着が露わになる。  両足をひらいた間に顔を近づけた慎一郎は、くすりと笑った。 「下着がくっついて、形まではっきりわかりますよ」  言われるまでもなく、水気を含んだ下着が肌に張りつく感触がある。けれど、まさか形まではっきりわかってしまうなんて。 「見ないでください……お願いです」 「なぜ。こんなに可愛いのに」  慎一郎が足の間に顔を埋めた。  柔らかくて生暖かいものが、秘部の上を撫でる。 「ああっ!」  下着の上から与えられる刺激に、閉めそうになった足を、慎一郎が両手で抑え込む。慎一郎は熱い吐息とともに、舌を使って愛撫した。秘部全体を、それから割れ目のうえを。強弱をつけて、ときには花芽を舌先でつついて。  ただ快感だけを与えられた有希は、シーツを掴んで身体をくねらせた。  じわりと益々蜜が溢れて、動きそうになる腰を懸命に堪える。 「もっ、片瀬、さっ」 「もう、なんです?」 「おく、を」 「そうですね、奥を……あ」  慎一郎は、ぴたりと動きを止めた。  有希は、ふと昨夜のただ事でない慎一郎の姿を思い出す。彼の過去に何があったのかは知らないけれど、辛い思いをさせたくない。  そんな思いから両手を伸ばして、慎一郎の首筋にしがみついた。 「――有希っ」 「好きです。片瀬さんのこと。男性として、好きなんです。こうして、触れてほしいって、思ってました」 「あなたは……」  慎一郎は、堪えるように静かに吐息をもらすと。 「すみません。先ほど電話で岳にも言われたのですが、忘れてしまいました」 「……忘れる?」  何を、と首をかしげて、慎一郎の顔を覗き込むように見つめる。慎一郎は有希を見ると頬をそめて、拗ねたように視線をそらした。 「そんな真っ赤な頬で見ないでください。瞳も潤んでいますよ。我慢できなくなってしまいます」 「我慢、しなくていいと思いますけど」 「ですから、忘れたんです……避妊具を」  まるで、怒られた子どものように落ち込む慎一郎をみた有希は、頬を染めた。恰好いいうえに可愛いなんて、なんてずるい大人の男だろう。  それに、有希もすっかり忘れていた避妊について、気にかけてくれているなんて。 「そのままでもしたいところですが、やはり、正式に入籍して、あなたを決して逃れられないよう束縛したうえで、子どもを作りたいと思うのです」 「……そうですか」  さらりと凄いことを言ってくれる。  慎一郎は、有希から身体を離すとベッドを降りようとした。ぎょっとした有希は、慌てて慎一郎の腕にしがみつく。 「どこへ、行くんですか?」 「トイレへ。処理してきます」 「ま、待ってください。せめて――」  その言葉を口にしようとして、ためらう。はしたない娘だと思われるだろうか。そうかもしれない。有希は自分でも、大胆になっている自覚がある。  ずっと恋焦がれてきた男性と、初めて肌を合わせるのだから。  諦めていた恋が叶ったのだ、大胆になるのも当然のことだろう。  頑張ろう、と腕に力を込めた。 「あの、こする、だけ、とか」  慎一郎が振り返って、首を傾げた。 「と、いいますと?」 「す、すまた、という、やつです」 「すまた?」  慎一郎は、今度は反対側へ首を傾げた。  有希は、ぷるぷると震えながら、慎一郎の腕に顔を埋める。  なんとなく、素股、という言葉で、慎一郎を穢してしまったような気がした。
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