第三章 ホテルで過ごす夜

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「私は、そちら方面に疎くて。どういったものをいうのですか?」  慎一郎の質問に、有希は顔をあげる。  切ないような、苦しいような、そんな慎一郎の瞳が有希を見ていた。 (私、何を迷ってるんだろう)  ずっと好きだった人と結ばれることの難しさ、奇跡、それらを今、実感しているところなのに。  嫌われること以上に、辛いことなんてないはずだ。 「こするんです」 「こする、とは?」 「あの、こう、この辺りに挟んで――」  自身の太もものつけ根あたりを示して、戸惑いながらも、懸命に、説明する。言葉にすることに躊躇いがないではないが、慎一郎は茶化すこともなく、真剣に説明を聞いていた。 「……といったふうなんですが、どうでしょう」 「なるほど。やってみましょう」  ベッドに戻ってきた慎一郎は、シャツのボタンをはずし始めて、すぐに辞めた。やや苛立った様子でズボンの前を寛げて、張り詰めた肉棒を取り出す。 (あっ、昨夜みたいに、なったら)  有希の心配は、すぐに杞憂だとわかる。  慎一郎が有希の両足を掴んで、先ほど説明したように、有希の太もものの間に己の起立したそれを押し付けたのだ。 「あっ」  両足を押し上げられて、身体を丸めたような姿勢になった有希は、秘部に押し当てられた熱さと目の前に見える怒張に、下腹部がきゅうと痺れるのを感じた。  布一枚を隔てたところに、慎一郎のモノがある。  太ももの間で、びくびくと動くそれは、生き物のようだ。よだれを垂らすように、肉棒の先端から透明な液体こぼしては、有希の腹部を濡らしている。 「あまり見つめられると、なんというか」 「ご、ごめんなさ――」 「興奮しますね」  慎一郎は、先ほどよりも余裕のない笑みを浮かべた。額には汗が浮かび、ほとんど無意識に腰を引いては、肉棒をゆるゆるとこすりはじめる。 「――っ」  押し寄せてきた快感に、息をつめる。足のつま先をピンと伸ばして、下腹部にある熱に集中した。 「すみません、気持ちよくて。このまま、動きますね」  腰を深く動かしては引いて、と動き始めた慎一郎は、動きに合わせて、有希の反応を窺ってくる。心配そうな色とそれを遥かに上回る熱情に見つめられて、有希は悦びと快感で、意識が支配されるのを感じた。  女として求められていることが、こんなに嬉しいなんて。 「有希っ」  彼のさらりとした髪が汗で額に張りつき、興奮に滾った瞳が有希を見つめる。有希、と何度も呼びながら、慎一郎は、打ち付ける腰を徐々に早くする。 「はぁ、あ、ぁ、有希っ、有希っ」 「か、た……さ、もぅ」  慎一郎は、伸し掛かるように有希の両足を固定し、何度も下着越しの秘部に、熱い塊をこすりつけた。心地よくて腰をよじろうとする有希を、逃すまいと足の間にはさむこむ。  有希は、与えられるままに快感を得た。  絶えず押し寄せてくる波に、意識を飛ばしてしまいそうだ。 「有希っ、有希、すみませ、腰が、動いて、止められな……」 「きもち、いい……か、たせ、さん、も、きもち、いい?」  慎一郎が、ふと、有希の両足を片手に持ち替えた。それが合図のように、打ち付ける腰の動きが変わった。浅く早く、押し付けるようにこすりつける動きに、有希は快感から背中を仰け反らせた、その瞬間。  ぷっくりと膨らんだ女芽を、慎一郎の指が摘まんだ。 「ひっ、ぁぁっ――っ」  声にならない声をあげて、有希の視界が真っ白に染まる。  肉棒が膨らみ、狂うように跳ねて、白い欲望を吐き出した。胸で熱い白濁を受け止めながら、有希は慎一郎をみる。  頬を紅潮させて、有希よりも荒く呼吸をする慎一郎は、有希と目が合うとうっすらと微笑んで、覆いかぶさってきた。  お互いの存在を確認するように、角度を変えて、キスを繰り返す。 「有希。……気持ちがいいです、すごく」 「嬉しいです。……私も、きもちいいです」 「ふふ、嬉しいことを言ってくれますね」  慎一郎の首に手を回して、有希も、自分から積極的にキスをした。驚いた慎一郎は、すぐにそれを受け入れて、さらに深く舌を絡ませあう。  ふと慎一郎が離れたとき、寂しさに口をきゅっと閉じた有希を見て、慎一郎はうっとりと目を眇めた。 「離れませんよ」  慎一郎はシャツとズボンを脱ぎ捨てて、有希の上にかぶさってくる。 「本番はできなくても、もっと気持ちよくして差し上げたいと思っています」  そう言って、慎一郎は有希の額にキスを落としてから、顔を覗き込んできた。 「嫌では、ありませんか?」  有希の返事を聞いて、慎一郎が目を眇めた。  無感情からはほど遠い、獲物を狙うぎらつく雄の目だ。  慎一郎は、有希の下着をあえて脱がさずに、隙間から指を入れて、割れ目に沿って愛撫をはじめた。有希は、恥ずかしさなど忘れて、望むままに欲しいといい、慎一郎はそのたびに熱情を色濃くみせた。  長い指で奥を弄られて、乳房の突起を強く吸われて。  慎一郎は、有希が望んだものを全てくれた。  微睡のなかで、夢をみた。  実際に、有希が中学生にあがった頃の出来事だ。  夕食を終えたあと、四人それぞれが部屋に引っ込んだので、有希はリビングにひとりだった。ふたりの兄は、明日の休日も部活なので早くに家を出るだろう。それに合わせて朝食の支度をしよう。お弁当も作らないと。  琴葉は友達と遊びに行くと言っていたから、朝食だけでいい。  美奈子は早朝から日帰り旅行に行くらしく、自宅を四時に出るという。朝食はいらないとのこと。  それぞれが、有希に予定を告げてくれるのは有難い。  いちいち聞きだす必要がないからだ。  ソファのうえで、有希は膝を抱える。  有希は美奈子を守りたい。その気持ちに嘘はない。美奈子の負担を減らせるのならば、なんだってすると決めた。  けれど、中学生になって環境が大きく変わった。  部活というものが出来て、放課後の時間を有意義に使えるようになって。  クラスメートたちが、これまで以上にグループに分かれて過ごすようになって。  部活に入らず、放課後や土日も遊ばない有希は、クラスで浮いた存在になりつつあった。浮くというよりも、仲の良い友達が出来ない状態、というのが正しいだろう。  これまで気にもしていなかった「時間」を、最近、有希はしんどく感じていた。  いつだったか、クラスメートに朝ご飯を作っていると言ったとき、「ママは作ってくれないの?」と聞かれた。「お手伝いをしているの」と誇らしく答えたけれど、今でも同じように、誇らしく返事ができるだろうか。  それに、周りの子たちは、中学にあがって突然、お洒落に目覚めたようだった。可愛いヘアピンをつけたり、シュシュをつけたり、靴下にもこだわりをもっている子も多い。 (私には、なんにも、ないなぁ)  ヘアピンも、シュシュも、可愛い靴下も、クラスでグループに属せる親しい友達も。  最近の有希は、そんなことを、延々と考えてしまう。 (ママは……どうして明日、私を連れて行ってくれないんだろう)  旅行に行くのなら、一緒に連れていってくれてもいいのに。もしかして、洗濯や掃除など、家事をする人がいなくなるから、連れていけないのだろうか。  さらに気分が沈んだとき、慎一郎が帰宅した。  有希はいつものように「おかえりなさい」と言ってから、食事の支度をした。  慎一郎は着替えてから食卓につき、大きく息を吐く。  有希は、びくっと震えた。何か気にさわることを、してしまったのだろうか。嫌いな食べ物があったのだろうか。 「あ、あの。片瀬さん、大丈夫、ですか?」  声をかけると、慎一郎が驚いたように顔をあげた。  はた、と目が合うと、ふいに慎一郎が目じりをさげて、苦笑した。 「大丈夫です。……ここは、会社ではありませんね。失礼しました」 「いえ、お仕事、遅くまで大変なのに。……ありがとうございます」 「大変なのは、あなたでしょう? 毎日おいしい食事にほかの家事まで、ありがとうございます。あなたが用意して下さる食事を食べる時間は、とても癒されますよ」  その言葉に、深い意味はなかったのかもしれない。  けれど、それだけで充分だった。  充分だと思えるほどに、有希の心は渇いていた。  その日、食器を片付けた有希は、自分の部屋で顔をぐちゃぐちゃにして泣いた。嬉しかったのか、自分が愚かに思えたのか、涙の理由はわからないけれど、泣いたらすっきりしたのを覚えている。  有希は、当時のことを思い出して、口元を緩めた。  暖かな微睡のなかで見る夢の先に、何が起きたのか、有希はよく知っている。  旅行から帰ってきた美奈子は、実は、旅行になど行っていなかった。  朝早くから、少し遠い場所にある有名デパートへ行って、有希の誕生日にと、少しばかり値の張る時計を買ってきてくれたのだ。  あまりにも自分を追い詰め過ぎていた有希は、自分の誕生日を忘れていた。  ふたりの兄からは、いつもありがとうという言葉と一緒に、図書カードと音楽プレイヤーを貰った。  琴葉からは、中学生のあいだで流行っているというメイク道具一式と、お洒落なシュシュやイヤリングを貰った。頑張りすぎないで、しんどくなったら言いなよ。食事作りだって、代わるからね。という言葉とともに。  暖かい思い出に、有希は、ふふっと笑う。  くしゃりと、頭に触れるぬくもりがあった。 「ゆっくりと、眠ってください」  優しい声に促されるまま、有希は、深い眠りに落ちる。  有希の境遇を知った知り合いは、有希を哀れむような目で見ることがあるけれど、有希は自分が哀れだとは思わない。  大切な人たちと過ごした日々は、今でも胸の奥で輝いている。  家族は、有希にとって何よりも大切な存在なのだ。
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