第四章 どうにもならない現実

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 仕事を終えた有希は、会社を出て暫く歩いたところで立ち止まり、慎一郎にメールをした。  今から帰ります、と。  美奈子たちには日曜日まで外泊することを伝えてあるし、週末は慎一郎と二人だけの時間を過ごせるはずだ。  マンションへ帰る途中、ひと際強い風に吹かれて、コートの襟もとを抑えた。吐く息はまだ白いけれど、もうじき、春がやってくる。  何もかもが新しくリセットされる春を、有希は好まない。  有希が小学二年生になる頃に、出て行った父親を思い出すからだ。  出て行こうとする父を引き留めたくて、袖を引いた有希の手を、父親は力いっぱい振り払った。  あんなに、可愛い娘だと優しく抱きしめてくれた手で、父は、有希を突き飛ばしたのだ。床へ転がった有希を振り返りもせずに、父親は家を出て行った。  泣きわめく美奈子と愕然とする有希だけが、そこにいた。  琴葉がその場にいなかったのは、幸いといえるだろう。 ――大丈夫だと、思っていた。  漠然と、父は有希を愛し続けてくれるものだと思い込んでいた。  帰りに寄った近所のスーパーで、シチューの材料を購入する。安くなっているほうれん草を購入して、家にあるバターで炒めよう。一緒に入れる具として、ウィンナーも購入しておく。  買い物袋を持って帰宅すると、部屋の明かりをつけて、エアコンをいれる。  流し台にある食器を片付けてから、シチューづくりをはじめた。  シチューを煮込んでいる途中で、風呂の清掃や、慎一郎の仕事スーツを整えたりと、これまでにやってきた日課をこなした。  シチューの火を止めて、炊飯器の予約時間を確認した有希は、リビングのソファに座った。有希が座るのは、いつもテレビに向かって右から二つ目。特に理由はないけれど、ついいつもここへ座ってしまう。  一度ソファに座って落ち着くと、久しぶりに慎一郎に会えると喜んでいた気持ちが、凪いでいくのを感じた。  いつの間に、慎一郎を男性として好きになっていたのだろう。  最初から、好きになってはいけない相手であることはわかっていた。惹かれていると気づいたときに、距離をとるべきだったのだ。  とはいえ、同じ家で暮らす限り距離はとれないし、惹かれる気持ちをなかったことになんて出来ない。  社会的には、有希は慎一郎の義娘で、慎一郎は有希の義父だ。  けれど、法律上では他人となっている。 (義父、かぁ)  ふと、微笑む。  有希は、義父という言葉が好きだった。それは、二人の関係が、『それ以上でもそれ以下でもない』ことを表しているような気がするから。  暫くぼうっとしていたけれど、そろそろ慎一郎が帰宅する時間になると、ほうれん草のバター炒めを作った。  鍵をあける音がして、有希はすぐに玄関に向かった。  慎一郎が入ってくるのと、リビングから顔を出すタイミングが同じで、お互いに目が合うと微笑んだ。 「おかえりなさい」 「ただいま」 「ご飯できてますよ。お風呂も沸かしてあります」 「ありがとうございます」  慎一郎はリビングの食卓を見て、微笑んだ。慎一郎の視線が二人分の食事に向けられたのを有希はしっかりと見てしまい、なんだかこそばゆい。 「着替えてきますね、すぐに来ますから」 「はい、ご飯の用意しておきます」  これまでと同じ、けれども久しぶりのやりとりに、慎一郎が笑みを深めてから、自室へ入って行った。 (あんなに表情豊かな人じゃなかったと思うんだけど……でも、笑って貰えると、嬉しいなぁ)  無表情の仮面を外した慎一郎は、持ち前の美しさを否応なしに発揮している。そのことに一抹の不安を覚えるのは、彼がとてつもなくモテることを知っているからだ。  戻ってきた慎一郎と夕食を食べて、最近の出来事など、本当に他愛ない話をした。それも三十分ほどで終えて、食器を台所に置いたとき。 「有希」  呼ばれて振り返ると、思っていたよりも近くに慎一郎が立っていた。流し台に食器を置いた慎一郎は、すぐ近くから有希を見下ろして、 「お風呂行きませんか」  と、言った。  行ってきます、ではなく、行きませんか。  その違いに気づかないはずはなく、頬が熱くなる。どこか不安そうな慎一郎に、行きますと言った有希の声は、自分で思っているより遥かに小さかった。  有希の声をしっかり拾った慎一郎は、とろけるような笑みを浮かべて、有希を抱き寄せると額にキスをした。 「か、片瀬さんっ」 「先に行ってます、早く来てくださいね」  慎一郎がリビングからいなくなって、有希は頬に手を当てる。こんなふうに二人で過ごすのは一週間ぶりだった。まだ両想いになって左程経っていないのだから、緊張するのも当然だろう。  有希も子どもではないので、これから大人の時間を過ごすことを理解している。先週は一晩中愛し合ったので、今回も朝方まで一緒に過ごすのかもしれない。 (食器を片付けておこう)  食後と、明日の朝やることを先に済ませておく。  そのあと、着替えをもって風呂場へ向かった。緊張と期待でそわそわする気持ちを押し隠して、風呂場のドアをノックする。 「有希です」 「どうぞ」  慎一郎の声は、湯舟のほうから聞こえた。  有希は、失礼します、と断りと入れてから、脱衣所に入った。  ◇  おかえりなさい、という有希の声に、涙がこぼれそうになった。  慎一郎は湯舟に浸かりながら、緩む頬を引き締める。ふたりで食べる夕食、ふたりで並んで立ったキッチン、ふたりでこれから入る風呂。  これまで当たり前だったことが、胸が苦しいほどに嬉しい。有希がいなかった一週間、家のそこここで、彼女の片鱗を見つけるたびに喜んだものだが、こうして傍で過ごすと、二度と手放したくはないと強く願ってしまう。  有希を帰したくない。  有希を望む気持ちが大きくなるほどに、美奈子が言った言葉が蘇る。有希の未来に傷をつけるつもりはないし、慎一郎は有希の未来を傍で守るつもりでいた。  正式に入籍して、夫婦になって、妻だと紹介したい。  そんな欲望までもっているのだから、自分は余程有希に惚れこんでいるのだ。もし以前の自分が見たら、侮蔑するかもしれない現状を、今の慎一郎は、誇らしくさえ思う。  ひとりの女性を愛することの幸せを知れたことで、世界の見方さえ変わった気がした。 (……引っ越すか)  ここから離れた場所へ。  慎一郎と有希の今の関係――義理の親子であると――知っている者がいない場所へいこう。もともと血の繋がりはないのだし、法律上問題はないはずだ。  慎一郎としても、このまま一人暮らしを続けるのは耐えがたいし、有希を毎日のように通わせるのも危険だ。  何より慎一郎自身が、毎日有希と顔を合わせたい。  ふと、ノックの音がした。 「有希です」  ほかに誰もいないのだから、有希に決まっているのに。  ふと笑いながら、慎一郎は「どうぞ」と返す。  脱衣所はモザイクガラス越しでうっすらと見えるが、顔まではっきりとは見えない。有希はてきぱきと何かをしており、服を脱いでいる様子はない。 (どうしたんでしょうか)  今度は、がちゃん、という音がして、ピピピッと電子音がする。そこでやっと、有希が洗濯機を回そうとしていることを理解した。慎一郎の使ったことのない機能で、予約というものがあるという。時間を指定すると、指定した時間から洗濯機が回りだすのだ。 (さすが有希ですね)  シルエットを見ていると、有希がちらっと慎一郎を振り返ったのがわかった。有希は何も言わず、着ていた服を一枚ずつ脱ぎ始める。  モザイクガラスの向こうにあるシルエットが、肌色に色を変えていく。  ずく、と膨らむ下腹部を感じて、ふ、と熱い吐息がもれた。じっと見つめていることを察しているのか、有希は慎一郎に背中を向けている。やがて脱ぐものが無くなると、戸惑いがちに、脱衣所と風呂場を仕切るモザイクガラスのドアを、ノックした。 「は、はいり、ますよ?」 「どうぞ」  有希は、はにかみながらそっと足を踏み入れた。  タオルを胸に当てて垂らしており、中途半端に見え隠れする桃色の突起や下腹部の薄い茂みが、より色っぽい。 「あまりみられると恥ずかしいですよ」  有希が、小さな声で言う。 「以前にじっくり見ましたよ」 「そうですけど」 「それに、実はあまりよく見えていないのです。風呂では眼鏡をはずしていますし。もっとこちらへ来てください」  手を差し出すと、有希は慌てて首を横に振った。 「これから身体を洗うので、待っててくださいっ」  そう言って、シャワー前のバスチェアに座った有希は、慎一郎に背を向けて安心したのか、タオルを折りたたんでタオルラックにかけた。残念ながら鏡はくもっていて有希の姿を鏡越しに見ることは叶わないが、後姿はとてもよく見えた。  白い絹のような肌はシャワーで流されて、いつも以上に瑞々しく艶やかだ。半分ほど見える臀部の割れ目は淫靡で、女性らしい身体の曲線は、当然だが、先週この腕のなかにいた有希そのものだ。  先週、そして今週と。  関係が続いていることが奇跡のような気がした。  慎一郎は暫く眺めていたが、己のソコが痛いほど存在を主張していることもあり、花に誘われる蝶のように有希へ近づいた。  湯舟を出た音で気づいた有希が、身体を強張らせるのがわかる。有希は、後ろを振り返ろうとして、やめたようだ。 (振り向いてくれても、いいのに)  今振り返ると、慎一郎の裸体を見ることになる。それを恥ずかしがっているのだろう。慎一郎としては、有希がいるからこそ、身体の一部がこんなに変化してしまっているのだから、是非とも見てほしいと思うのだが。  慎一郎は、有希の背後に膝をついた。 「洗って差し上げますね」 「えっ、い、いいですっ」  身体を洗っている途中の有希は、肩から流れた泡が背中に垂れている。 (触れたかった肌が、目の前にあるなんて……幸せです)  首筋に軽いキスをすると、有希の身体が大きく震えた。その反応に満足し、さらに欲望が膨らんだ。  これ以上は大きくならないと思うのに、興奮するたびに硬く膨らむ怒張は、早く有希を欲してビクビクと動いている。 (……大人ですから、我慢しないと、いけないのですが)  先週は、まるで青年のようにがっついてしまった。大人の余裕など欠片も持てず、初めて行う営みに、初めて感じた愛する異性の肌の心地よさに、溺れたのだ。 「背中は、届かないでしょう?」  横腹についた泡を掬い取って、背中に塗るように洗い始める。すぐに泡が足りなくなって、ボディソープをプッシュして手の中で泡立ててから、有希の柔らかくすべすべとした肌を、撫でるように洗っていく。 「片瀬さん、あの」 「なんです?」 「かなり恥ずかしいんですが」 「可愛いですよ。すごく」  石鹸のぬめりとともに柔肌の感触を楽しむ。肩からわき腹へ、背中のくぼみにそって臀部のほうへ。そして、腰を掴むように両手をすべらせて、手のひら全体で肌を撫でる。 「んっ、あの、もう、流しますから」  背後から見る有希は、とても小さい。もともと小柄だが、首筋もうなじも、何もかもが男とは違う繊細さでそこにあった。白い肌が先ほどより微かに色づいているのは、のぼせてきたのか。それとも――。 (私の手に、感じてくれているのでしょうか)  そう考えると、まだ、ずくんと下腹部が痺れた。 「まだ、前を洗ってませんよ」 「まえっ⁉」  慌てて振り返ろうとする有希を、背後から抱きしめる形で、胸元へ手を回した。両手でそれぞれ、二つの膨らみの形を確かめるように撫でるのは、性急すぎただろうか。 「ひゃっ!」  有希が背中を仰け反らせた。 「転んでしまいますよ、支えてあげますね」  距離を縮めて、有希の背中に胸板をくっつけた。泡がぬるっと肌同士を擦り合わせて、酷く危ういような快感を覚える。  慎一郎は、有希の耳に熱い吐息をはいた。 「有希、綺麗です。すごく綺麗で、可愛い」 「あ、あ、あのっ、ひゃっ」  ゆるゆると、あえて中心の色づいた部分を避けて、柔らかい部分だけを揉む。自分の手のなかで形が変わる有希の乳房が見たくて、後ろから、有希の肩越しに覗き込んだ。  慎一郎の手のなかで、つん、と尖った真っ赤に色づく突起が見えて、喉がなる。 「あっ、ああああのっ、あ、あたってっ」 「え? ……ああ」  覗き込むとき更に密着したため、猛った下腹部が有希の腰に触れていた。 「これですね」  ぐっと押し付けると、猛りの裏側が有希の肌にぺったりとくっつく。熱や硬さは勿論、浮き出た血管やびくびくと震える動きまで、有希に伝わっているだろう。 「ふ、有希、気持ちいいです」  真っ赤な耳朶を甘噛みして、両手同時に乳房の先端をつまんだ。 「――っ!」  有希の背中がまたしなり、押しつけた猛りが微かに肌とこすれた。その気持ち良さに触発されて、ゆるゆると腰を動かし始める。有希が身体を強張らせるのがわかり、耳の奥に舌を差し入れた。 「すみません、ずっとあなたに触れたかったので、我慢ができそうにないんです」  両手の指の腹で、乳房の先端を押しつぶしてはこねて、硬さを確認するように弄った。 「あっ、はぁっ、か、たせっ、さっ」 「石鹸で滑りますね、もっと、くっついていないとっ」  さらに身体を押し付けて、覆いかぶさるように抱きしめる。それでも両手は変わらず胸に添えたままで、ぐにぐにと先端を強く弄り続けた。  同時に、有希の背中に自身の昂りを押しつけて、気持ちのいいままに動いた。 「本当にすみません、余裕がなくてっ。格好悪くて、申し訳ないのですが、一度射精してもいいですか」 「かた、せさっ。ん、はいっ、気持ちよく、なって、くださいね」  恥ずかしいのだろう、消え入りそうな声で、有希が言う。 「有希、可愛い。有希っ」  小さな有希の身体を抱きしめて、押しつけた昂りを本能のままにこすりつけた。両手で乳房を確認しながら有希の首筋に吸いついて、呼吸をあげていく。  限界は、あっという間にやってきた。  身体を強張らせ、下腹部に力を入れて全身を震わせると、白い欲望を吐き出した。 「あっ……。有希っ」  快感で痺れる身体の余韻にうっとりしながら、有希を強く抱きしめた。 「怒っていますか?」 「お、怒るわけ、ないじゃないですか」  有希は、先ほどからあまり話さないし、何より、途中から俯いている。ほんのり桃色に染まった首筋にキスをして、そのまま吸いついた。 「でも、俯いてますね。嫌なのを、耐えてるんですか」  ちゅ、ちゅ、とキスをして、また吸いついて。首筋へ愛撫をしながら聞くと有希は少し顔をあげた。 「こんなに感じて貰えて、嬉しいんですっ。それに、あの、私も、嬉しくて。でもなんだか、恥ずかしいので、その、どうしたらいいか」 「……寝室に、行きましょうか」 「…………ぃ」 「すみません、聞き取れませんでした」 「い、いきます。寝室に」  そう言って、さらに俯いてしまう有希が愛しくて、鎮まったはずの下腹部にまた、熱が集まり始めた。
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