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姉はアパートを見ている。
その視線を辿って、アタシは玄関前で手を振っている若い男の姿に気付いた。
「乙姫サマ! お勤め、ご苦労様です!」
男はお姉に向かって敬礼した。
何や、それ。うちの姉は一体どこの組長やねん。
お姉は当たり前みたいに鞄をそいつに預け、脱いだ靴をわざと遠くに転がした。
「ハァハァ」言いながら男はよつんばいになって靴を拾いに行く。
「な、何や、この人……」
明かに関わりたくないタイプの人間だと、アタシは本能で気付いていた。
「オホホ」
何が楽しいのか、笑いながら姉がアタシの洗濯ばさみを引きちぎる。
「ギャッ!」
皮膚ごともっていかれそうな激痛に、その場にうずくまった。
その声でようやくアタシの存在に気付いたのだろう。
男が立ち上がる。まだ二十歳代前半──お姉と同年代くらいに見える。
体格はいいくせに、何やら貧相な印象を与える男だ。
そいつはしたり顔でアタシの前に人差し指を突き出した。
「電線でターザンごっこはダメっ!」
だから何なんや、コイツは。
アタシは口元が引きつるのを自覚した。
「なぁ、この人シバいてもいい?」
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