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プロローグ
彼女はイライラしていた。この町のことが嫌いになり始めていた。
ただコンパスを買いに町にでただけである。だというのに、彼女はもう小一時間は外をさまよっていた。
コンビニもスーパーも本屋も、品切れ中か元々おいてないかの違いはあれど、ことごとく彼女の期待を裏切った。
とうとう店のめぼしもつかなくなり、普段あまり通らないような道をあてどなく進んでいた。
「ハァ、何で私が、こんな目に……それもこれも!」
もう何度も頭の中で反芻した「あの事件」のことが思い出され、歯を食いしばる。やり場のない怒りを少しでも放出しようと、『ダンッ』と大きく地面を踏みつけた。つけているメガネが大きくゆれ、視界にズレたフレームの影が重なる。
その視界が更にくぐもり、目の奥が熱くなる。感情の渦は次から次に彼女の内から沸き起こり、わなわなと腕が震え、彼女は立ち尽くすしかなかった。
――チリン、チリン
いつまでそうしていたのか、ふいに聞こえてきた甲高い金属音でハッとした彼女は顔を上げ、音の鳴った方を向く。
そこにはこじんまりとした、それなりに年季の入っていそうな建物があった。柱にはツタが絡まり、元々は白亜の建物であったのだろう壁面は所々黒く染みついている。
入り口の前には先ほどの音の出元である金属製の風鈴をはじめ、様々な飾りや小物が飾られており雑然としている。
看板には木に掘られた文字で大きく「万来堂」と書かれていた。
「……雑貨屋?」
眉をしかめ、彼女は呟く。
もしかしたら、コンパスが売っているかもしれない。店構えの異様さに身構えつつも、ここまで来たら、全ての可能性にあたって見るべきだと考えた彼女は、恐る恐る店内へと入っていった。
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