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「は、は……?」
映理が間の抜けた声を上げてしまうのも無理はない。目の前には在り得ない光景が広がっていたのだから。
そこには何もなかった。すっからかんの道具箱は、少し擦り切れて年季の入った底が見通せてしまうほどに何も入ってはいなかった。
皆の注目は移り変わって、次第に映理の方へと注がれていった。
その中に、非難の色を含ませて。
「え……多々良部さんの勘違いってこと?」
「道具箱の中に入れるの見てたって言ってたよね……」
「あんなに自信満々に行ってハズすとか、ヤバくない?」
映理の背中に、額に、嫌な汗がだらだらと流れ始めていた。
なぜ? どうして?
一体自分の身に何が起きているのか、映理には分からない。
だって、確かに目の前の男子は、自分のコンパスを勝手に使って、道具箱の中にしまっていたはずなのに。
周囲のざわめきの質が、完全に映理にとって不名誉なものに変わった時、男子生徒の表情もいやらしいニヤつきへと変化していた。
「おい、謝れよ」
「ど……どうして私が」
「お前が間違えたんだろ」
映理はその後一体どうしたのか、全く覚えていない。
というより、思い出したくないのかもしれない。
少なくとも、このことが教師に知れ渡ることも無く、それ以上の波風が立つこともなく終止符が打たれてしまったことだけは確かだった。
気付いた時には映理は一人家への帰り道を歩きながら、悔しさと虚しさで目の奥を熱くさせていたのだから。
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