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「あった、あった! ……エリリン、どしたの?」
「何でもないわ、さくら餅」
またしても不名誉なあだ名で呼ばれ、映理はスッと顔を上げる。
嫌な記憶を思い返したことで、またイライラし始めた心を鎮めるため、あだ名で呼び返すという些細な仕返しを試みた。
作楽は一瞬動作を止めて映理を見たが、「何それおいしそう」と一言だけ触れると、さっさとカウンター内に戻ってしまう。
相手の反応が全く期待したようなものではなかったことに、自信の試みが失敗に終わったことを察し、映理は舌打ちをする。
それを全く気にしていないように、作楽は手に抱えてきたものをカウンターに置くと、どうだと言わんばかりに手を広げ映理に見せつけた。
「ちょっと古いけど、質は抜群だよ!」
「デカッ!!」
映理が叫びたくなるのも無理はなく、出されたコンパスは鋼鉄製の、長さ30センチ以上はあろうかという明らかに業務用のものだった。
「こんなの筆箱に入るか!」
「でもこれ、直径150センチの円がかける優れもので……」
「ノートどころか机からはみ出るわ!!」
次から次に飛び出す作楽のズレた発言に、映理は内心のイライラをそのままぶつけるようにツッコんでいく。
普段あまり叫び声を出すことなどない映理は疲れ果て、肩で荒く呼吸をする。
目の前で疲れ果てている少女のことを、作楽は唖然として眺めた。
「……エリリンはおもしろいなぁー。特別に三千円でいいよ」
「買わないって……高いし」
呆れたように息を吐き、映理はカウンター近くの丸椅子に腰かける。
放心したようにその身を投げ出している少女のことを、作楽はつぶさに観察する。
眼鏡越しに除く切れ長の瞳は、深く長いまつ毛と二重瞼で彩られ、レンズにさえぎられてなおその端正さを主張していた。顔の造作も全体的に整っており、肩口まですらりと下ろされた亜麻色の髪と言い、大人しめながら色合いや雰囲気の統一されたコーディネートと言い、多々良部映理は美少女と言って何ら差支えのない風貌をしている。
そんな雰囲気の少女が、こんな町の端の雑貨屋で一人、コンパスを求めて疲れ果てている姿は、作楽にとって何とも違和感のある光景だった。
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