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「……そもそもさ、どうしてうちなんかにコンパス買いにきたの?」
「この町じゃ他にどこも置いてなかったのよ」
「お母さんとかに言って、買ってきてもらえばいいじゃん。あと、ネット通販とか」
「うるさいわね!!」
『ダンッ』と大きな音が響き、作楽はビクリと体を震わせる。イライラが頂点に達した映理が、床を乱暴に踏みつけた音だった。
作楽が驚き、目を丸くして映理を見る。そっぽを向いて唇を固く結んでいるその目元が、うっすらと滲んでいた。
「ネットなんて駄目よ……親に相談なんか、絶対できない」
「……できない?」
作楽が再び問いかけ、映理をじっと見る。
映理も逸らしていた視線を前に戻し、作楽に正面から向き直った。
二人が見つめ合い、無言の時間が流れる。それはまるで、お互いがお互いの瞳の奥に隠されているものを探り合うような時間だった。
先に目をそらしたのは映理だった。瞳からとうとう涙がこぼれ、それにつられるように首が落ち、その場に項垂れてしまう。
「できない……したくない。私が、私がこんな……!」
「どうやら、尋常でない事情がありそうだね」
作楽が立ち上がり、カウンターから出て映理の正面へと立つ。涙で濡れた顔を上げた映理の前へと、手を差し伸べた。
どうしていいか分からず、伸ばされた手を呆然と眺める映理へと、作楽は不敵な笑みを浮かべた。
「話を聞かせてよ。コンパスはただであげられないけど、相談料は一円もいらないからさ」
映理の目が大きく見開かれる。その視線が、何回か作楽の手と顔とを行き来する。
そうして映理は決心した。そもそも、この店に入ろうと決めた時から、彼女は既に覚悟はしていたのだ。
当たれる可能性は全て試してみるのだと。
「あのコンパスは、ただでもいらないけどね」
映理は涙をぬぐい、作楽の表情に負けないくらい強気な笑みを浮かべる。
差し出された手をしっかりと握る。彼女にとってその手は、どこまでも未知数な可能性だった。
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