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第一章:消えたコンパス②
その日の午後の授業は算数のテストだった。
前学年の復習テストで、コンパスを用意しておくようにと事前に連絡があり、映理は抜け目なく早い段階からコンパスを筆箱の中に忍ばせていた。
朝に担任教師が、コンパスを持ってきたか確認を取った際にも、堂々と手を上げた。
見ると、クラスのうち数名は気まずそうに俯いていて、映理は何とも言えない気持ちになった。
助けてあげたくても、コンパスは一つ。通常授業時ならまだしも、テスト中に貸すことは難しい。
その後救済措置として、学校のコンパスを何人かで共有するという案が、教師から呆れたようなため息とともに提示され、その場は一応の収まりを見た。
問題は、その後の休み時間に起きた。
「多々良部さあ、ちょっとコンパス貸してくんねえ?」
クラスの男子から、いきなり声をかけられたのだ。言っている内容もさることながら、普段滅多にしゃべることのなかった相手からの突然のアプローチに、映理は瞬きも忘れ固まる。
「おい、無視すんなよ」
「……してないけど。……何で?」
すぐにまたせっついてきた男子に、映理は慌てて表情を繕い対応した。
その男子には、これまで観察してきた限りではあまり良い印象が映理の中にはなかった。
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