4年

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4年

 そして、4年という月日が流れた。  食事も同じようなものばかり、娯楽もほとんどない。休み無く重労働を強いられる生活にも不思議と慣れ、苦痛も感じなくなった。生命の適応能力とはすごいものだと我ながら感心する。体重は10kg 以上減り、肌も焼け、毛も髭も伸び放題だ。今では食べれる雑草やキノコなども一瞬で見分けがつく。生活能力も随分と向上したと思う。住めば都。慣れとは不思議なものだ。  2年ほど経ったある日の夜、またスィーが口ずさむ歌が変わった。何がきっかけなのか、急に変わる時がある。  おやっと思った。小さな可愛い声で歌われる不気味なメロディ。どこかで聞いたことがあった気がした。初めて聞いたときは思い出せなかった。  数日後、もしかするとあれか?と思うものを思い出した。  親戚のおじさんが、「何年も前に発表されたアルバムだが、超名盤で、今でも聞いている。凄まじいから聞いてみろ。」などと言い聞かされた曲がある。初めて聞いたとき、本当に音楽なのか?と疑いたくなる曲で全く意味がわからなかった。おそらく後で感想を聞かれるため、何度か頑張って聞くと確かにメロディーがあり、おじさんの言う通り演奏の凄まじさがわかった。そのアルバムの1曲めのイントロに当たる曲のメロディが確かそんなような気がした。  あとで感想を聞かれた際、その事を答えるとおじさんは嬉しそうに色々と語ってくれた。  「この手の曲は、メロディがなかったんだ。急にメロディがつき始め、化学反応を起こし生まれた曲だ。ボーカルは殺人容疑で捕まって、務所を出た後、自殺してしまった・・・。」  などなど。正直聞いててうんざりした。  4年の月日の間、定期的にヘイリーが現れ嫌がらせをしてきた。定期的に被害を被り、直接見てないが川近くで殺されたという話も良く聞いた。そのことだけが僕に怒りの感情を押し付けてきた。しかし、他には大きなストレスとなるようなことはなかった。  一人ぼっちの洞穴の生活も苦ではなかった。周りに人がいるし、僕の担当のスィーもいる。  スィーに話しかけると、そっけなくちゃんと答えてくれる。今日は雨だったから仕事が大変だったなどと愚痴をこぼせば、感想を言うことなく「ソウカ。」と答えてくれる。それだけでもモヤモヤが少しだけ晴れた。  刑務所のときもそう感じたが、周りは全員犯罪者、とんでもない人ばかりの無法地帯のような世界を想像していた。しかし現実は違った。  もちろんこの世界でも、よく喧嘩を見かけることはあった。原因はとても些細な事だ。訪問販売の際に列に割り込んだとか、歩いているときに肩があたったとか、足を踏んづけたとか、狭い道で立ち話をしているのが邪魔だとか、そんな事が原因のようだ。  「殺すぞ、やんのか、こら」  「なんだてめえ、偉そうにほざいてんじゃねえ。死にてえのか。」  汚い罵声同士がぶつかり合い、中には取っ組み合いの喧嘩になることもしばしばある。しかし、すぐに近くのスィーが飛んできては、両者を制圧する。そのためすぐに収まることがほとんどだ。そのため普段はとても平和な世界だ。  出会う人も、少し言葉遣いが悪かったりする者がいるものの普通の人ばかりだ。いや、普通の人よりも優しい人が多い気がする。なぜ犯罪になど手を染めてしまったのかと不思議に思える人が多かった。  思うに、ここにいる全員が大きな過ちを犯してしまった人達だからなのだろう。人は失敗、過ち、間違えをすることで成長する。様々な失敗をし、叱られ、時には深く傷つき、反省し改善しようと試み、そして一歩成長する。その一番大きな、本来、絶対してはならない過ちを犯してしまい、そして全国民から叱られ、反省した者たちが集まっている。最大級の教育を受けた者たちだからだろう。  当然、被害者には本当に申し訳なく、弁明の余地はない。当然、なかったほうが良かったものだ。他人の犯罪歴を聞くと、なぜそんな悲惨な事が起きてしまったのか疑問に思うことがしばしばある。正しい教育があれば、正しい世間があれば犯罪は起きなかったのではないか。そして再発も防げるのではないか。そんな事を思う時がある。  タカオさんを見習い質素な生活していたかいもあり、ポイントが3万ポイント近くまで溜まってきた。もう少しでアドミニストレーターにあう権利を得られる。どうするかは悩ましいところだ。  そんな初夏のある日、ビッグニュースが届いた。  「ヘイリーを生け捕りにしたらしいぞ。」  当然、全員、定期的に嫌がらせしてくる奴らに嫌悪感を抱いている。当然僕もそうだ。ショウイチさんの死を忘れたことは一度もない。  真っ先に生け捕りしたヘイリーのもとへと行った。捕まえたのはリュウジさんと数名だ。リュウジさんもショウイチさんの死には怒りを覚えていた。何人かを募り、スィーに見つからないようにしながら罠を作る計画をしたそうだ。  着くとリュウジさんは困惑した様子で座り込んでいた。喜んでいても良さそうなものだ。一体なぜだ。  他のものは、罵声を浴びせたり、嫌がらせの理由の説明を執拗に求めたりと捕まえたヘイリーを袋だたきにしている。僕も聞きたいことがある。ショウイチさんの死を償わせたい。  群衆の中をかき分け、面を剥がされ服を脱がされ、後ろに手を縛られてたヘイリーを見る。膝をつき正座のような形で座っている。そのヘイリーの顔を見た瞬間、全身鳥肌が立った。  「ヨ、ヨシアキさん?」  一緒に島に流されたヨシアキさんだった。そう、この世界に来たとき、彼はなぜか一緒には居なかった。なぜか体が一まわりも二まわりも大きく同じ人には思えない。容姿は随分と変わったがでも間違えなくヨシアキさんだ。彼もこちらに気がつくと、すかさず小声で「シ、シンイチか?助けてくれ」と呟いた。随分と痛めつけられている様子で、目や口は腫れ、血が滲んでいる。衰弱している。  「なんだ、シンイチ。知り合いか?」  「は、はい。一緒にあの島に来たうちの一人です。」  「なんだって。じゃあ、こいつも同じ流刑囚っだって言うのか?」  「はあ?だって体の大きさがぜんぜん違うじゃないか?どう見ても同じ人間じゃない。」  「どうなってるんだ?」  本当にどうなっているのだ。他のヘイリーも全員、同じ流刑囚なのか?  「おい、お前。説明しろ。」  「俺があの島の洞窟で一晩過ごして、朝起きたら、暗い森の中に居て。俺とあともう一人だけいたんだ。少しすると、他のヘイリー達が来て、連れられ、住処に行って。それで武器や服などもらって・・・」  口から血まじり唾液を吐きながら懸命に話した。  「他のヘイリーはどうなんだ?同じ流刑囚なのか?」  「ああ、そうだって言ってた。墓場島に居たらいつの間にかここに居たって。」  「なんだって嫌がらせしてくるんだ。」  「そう命令されているんだ。周りにいるちっちゃな奴らはこの世界を勝手に荒らして生活している。だから、邪魔するのが仕事だって。それをすれば報酬が・・・」  報酬?なんだって?まさか。  「お前達ヘイリーに命令しているのって誰なんだ?」  「もちろんスィーさ。司令が来るんだ。」  信じられない。意味がわからない。  近くの誰のともわからないスィー達に事情を聞いてみる。しかし、誰もかも「ワカラナイ」と答えた。  何かが見えてきた。  アドミニストレーターを直接問い詰めるしかない。  「おい、もうそれ以上責めるな。俺の昔の友人だ。」  困惑した様子でリュウジさんがその場を仕切る。ヨシアキさんは涙を流している。  「すまない。命令されてただけなんだ。」  「俺のところに来い。手当してやる。」  「すまない・・・」  スィー達もその行為は止めなかった。本当に何も知らないのか?  巨大なヨシアキさんを連れ、リュウジさんは岩場の方へと去っていった。 ■  数日後、3万ポイントが溜まった。  じっくりと作戦を練り、ある程度固まったところでチケットを購入した。  そしてその2日後、スィーが僕にアドミニストレーターに会わすと告げてきた。  複数のスィーに囲まれながら白と黒の森の間を歩く。柔道家のオオコウチさんの話の通りだ。  ひたすら歩くこと3時間近く、突如マンションのような建物が姿を現した。あまりにもこの世界には似つかわしくない。スィーに指示されるがまま、入り口のガラスの扉を空け、エレベータに乗る。ボタンはなぜか10階しかない。それを押し10階へと上る。扉がひらくと、そこは大理石で敷き詰められた床に、灰色の壁の部屋があった。椅子と、机が真ん中にポツンとあり、正面に黒い大きなスピーカーがある。斜め上にはガラス張りの部屋がある。コンピュータルームのように見える。  「ソコデ マテ」  指示されるがまま椅子に座り、待つ。  待つこと20分くらいか、スピーカーにスイッチが入る。聞いた話のとおり、音声変換のかかった声が部屋中に響きわたる。  「ようこそ。ここに人が来るのは1年ぶりでしょうか?良くお越しいただきました。」  「こちらこそ、お会いできて光栄です。」  光栄でも何でもない。落ち着け、冷静に、と自分に言い聞かせる。  「1815 ツチダシンイチさん。同級生3名を殺害。あなたのような真面目な方がどうしてこのような事を?」  「影で悪いことを散々している彼が許せなくて。でも殺すつもりなんてありませんでした。少しでも反省してもらいたくって。」  カチカチと何か音がする。とても早くなめらかな叩き方だ。  「被害者は、世の中のために献身的に活動をしていたとなっております。父親も有名なお方で、とても人気がある方です。ですが、その一方で悪い噂も一部出回ってました。気の毒でしたね。」  「その活動を利用していたのだと思います。」  「気の毒ですね。でもけして関わってはいけなかった。」  「私もそう反省しております。」  話はまともだと感じる。心が落ち着く感もある。  「とても反省なさっているようですね。それが大事だと思います。人そのものが完全ではありません。人は必ず過ちを犯します。」  「私もそう感じております。どんなに努力しつくしても自分で足りない部分がある。そう感覚的には15%くらいはそんな気がします。」  「おお、すばらしい。そのとおりです。」  急にテンションが上がったようだ。音声変換していてもその口調の早さやで分かる。  「団体の中の15%は必ず自分にとっての不安要素なのです。逆に自分や世間が絶対に間違っている思っていても、それを正しいとするものが必ず15%存在するのです。そしてそれは必然なのです。」  新しい事を耳にし興味津々な様子で返事をすると、柔道家のオオコウチさんから聞いていた駅伝大会の話が続いた。僕とオオコウチさんが接触した事があることは知らないようだ。  「その駅伝大会は僕もテレビで必ず見ます。」  「私も沿道で見るのが毎年の楽しみです。」  「4区、7区の坂の辺りが僕は好きです。昔、子供の頃住んでいて。」  「おお、私が沿道で見るのは大体あの辺りですね。」  「確かに、パンデミックのときは私も意外と沿道に人がいるなと感じました。」  「そうですよね。でもあれが必然なのです。メディアの一部はそれを責めるように発信しておりましがいけないことです。けして責めては行けない。」  「どうしてですか?」  「必然だからです。同じ15%という数字に、全世界の障害者の割合があります。障害者も誰もなりたくてなったわけではない。そして障害者を責める人も居ないでしょう。同じようにしてはならないのです。誰も幸せにはならない。」  何かひかかるものがあるが、話を合わせておこう。  「確かに責められるのは辛いです。殺人を犯してしまった後もそうですし、子供の頃、小学校の先生に怒られたこともショックでした。」  「そうでしょう。私が子供の頃の小学校などスパルタ教育でひどかったものです。中学、高校も暴力教師など当たり前に存在しましたよ。  中学校、高校の不良や、落ちぶれていくもの。あれもだいたい全体の15%くらいなものでしょう。それをスパルタだの暴力だので制圧しようとしてはいけない。共に憎しみが生まれるだけです。学園ドラマのように解決することはありません。私はそう思っております。」  「確かに責められるのは辛いですね。特に私の場合は、事情も知らない無関係の人に責められるのはとても辛いものがありました。」  「本当にそうです。私刑などあってはならないものです。今は少し引っかかるとすぐにSNS上で炎上する。おかしな世界です。」  スィーが3匹ほど、頭の周りをゆっくりと浮遊する。特に監視しているようではなくただ浮遊しているだけだ。  「話は変わりますがスィーは可愛いですね。」  「ええ。この世界には欠かせないものです。」  「この世界には、スィーはどれくらいいるのですか?」  「・・・」  返事がない。まずい質問だったか?なにかまたカチカチ音がする。  「そうですね。だいたい1万くらいでしょうかね。」  「そうですか。可愛いですね。」  数字を調べていただけのようだ。少し安心した。  「ここに人が来ることは珍しいことなのですね。」  「もちろんです。なかなか3万も使う人はいませんね。」  「3、4年前に柔道家の方が格闘大会で優勝したとき、会いに行くようなことをおっしゃってました。彼はここには来たのですか?」  またカチカチと音がする。  「ええ、来ました。覚えております。」  「それからあの方を見かけたことはないのですが、彼はどうされたのですか?」  「さあ、わかりません。」  知らないわけはない。知っているはずだ。なぜ、嘘をつく。  「そうですか。15%の話は大変心に響きます。ためになりました。」  「そうですか。大変光栄です。ところで、あなたはなぜここに来られたのですか?」  「はい、私も元の世界に戻してもらいたく思いまして。」  「そうですか。ここに来る方は皆そのようにおっしゃいます。しかしながら私にできることはあの島に戻すことだけです。あの島ではここよりも生活が大変ですがそれでも良いのでしょうか?」  オオコウチさんの言ったとおりの回答だ。  「そうですか。あの、少し話が変わりますが、この世界にいるヘイリーの割合もだいたい全体の15%くらいなのでしょうか?」  「はい?」  少し焦った。やはり想像通りだ。  「な、なぜそう思われるのですか?」  「いいえ、特に理由はなく。なんとなくです。」  「ヘイリーはただこの世界に住んでいる不思議な生き物です。カラスと同じです。割合はわかりません。」  決定的な嘘だ。やはり隠そうとしている。  「実は先日、我々はヘイリーを生け捕りにすることに成功したんです。数年経って初めてのことらしいです。」  「え、なんと・・。」  スピーカーから激しいカチカチ音がする。何かを調べ始めたようだ。  「そしてそのヘイリーの面をはぐと、それが、私と一緒に流刑に処されたときの仲間だったのです。私も驚きました。」  「・・・」  カチカチ音が止まった。上をちらっと見ると少しだけ頭の部分が見えた。下を覗き込んでいるようだ。  「あの、コロコロと話が変わり申し訳ないのですが、どうしてもあの島に戻るだけですか?」  「はい、少し難しいのです。」  「流刑に処されたその日、私はあの島で不思議なものを見ました。姿、形が見えない、人を襲う生き物です。あれもあなたが作られたものと思いますがいかがですか?」  「・・・」  「姿、形が見えないものを実世界にも作れるくらいなのだから、簡単にできそうですが・・・。」  「・・・」  「あの、いかがで・・」  「できないものはできないのです。難しいのです。あの島にいるものはあなたのように島に戻りたいと言った人について、生活のために特別な能力を付与しただけです。」  少し早口になった。焦っている様子だ。でも変に刺激してはいけない。  「すみません。無理を言ってしまい申し訳ございません。そうしましたら、流刑の船があの島に到着したその時に、船の上に戻していただくことは可能ですか?」  「・・・」  間がある。できそうだ。ただ、のむかどうか。ただし、都合が悪いはずだ。  「私自信、流刑犯です。実世界に戻り、本土に戻ったとしても人と同じ生活を営むのは難しいですし、他の人と接することも難しいと思います。ただ、本土の父、母の近くで最期を終えたいだけなのです。この希望が叶えたいだけなのです。」  間がある。しかし、スピーカーは切れてない。考えている様子だ。  「ヘイリーはみんなが憎んでいます。定期的に嫌がらせしにくるのだから仕方ないです。  そのヘイリーがどう作られているのかみんなが知れば、間違えなく怒り始めるでしょう。  先日、ヘイリーを生け捕りにできたことで今はヘイリーの話題で持ちきりですし、僕の知り合いの数人は、僕がチケットを買ったことを知っています。」  「・・・・・・・・・。」  また長い間がある。  時折、カチカチと何か調べている様子だ。  少しするとスピーカーの電源が切れた。  スィーが近くにくる。指を差し出すと、指に止まる。本当に可愛い、ペットにしたいくらいだ。  指に止まったまま、指を少し動かすと、ガスが抜けかけた風船でも弾いたかのように、また浮遊し始める。本当に不思議だ。  30分近く立つとスピーカーの電源がオンになった。深い、ため息がスピーカーから漏れる。  「先程の、本土の父、母の近くで最期を迎えたいだけという話は本当ですね?」  よし、話に乗ってきた。  「はい、もちろんです。他の人に連絡できる手段も、そんな人すらも存在しません。不可能です。」  「いいでしょう。丁度、今日この後、流刑犯を乗せた船が島につきます。その船に戻しましょう。おまけに見つからないように島を出るまでは透明にして差し上げます。」  「あ、ありがとうございます。嬉しいです。」  「わかっていると思いますが、ここのことはあまり公言なさらない事をお勧めします。様々な人が不幸になるだけです。」  「理解しております。本当に理解していただいて光栄です。」  交渉成立だ。  それから、そのまま待つこと2時間。その時を迎えた。
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