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 仕事が終わり帰る途中、人だかりができていた。  食事、生活品の訪問販売とのことだ。右腕の数値で買えるらしい。この数値はポイントと呼ばれている。  皆、きれいに3列くらいの列を作り待っている。待っている間、近くの人にポイントの使い方を教わる。とは言ってもポイントを見せるだけで良いそうだ。買い物をするとポイントは勝手に数字が減るらしい。  木製の巨大な手押し車にたくさんの食事、生活品が並んでいた。タイヤがいくつもついていて、押すための取っ手も幾つもついている。十数人で押して来るようだ。5キロから10キロ離れた場所から来ているそうだ。  販売している人たちが数人いた。ヘイリーが出るためか、その車のまわりを囲うように武器を持ち警戒する者達もいた。  販売しているものは、商店街の八百屋で売っているような物で、人参、ジャガイモ、とうもろこしなどの野菜、そして誰かのお古であろう服、木でできた雑貨などであった。土で作られた土器のようなものもある。模様まで描かれておりとても立派なものだ。値段は通常と同じくらいか少し安い。そうは言っても僕は400ポイントしか持っておらず、購入できるものは限られていた。仕事の報酬が恐ろしく低いことに気付かされる。  人肉もあるのか聞いてみると、「ある」と返事があった。干物になっているそうだ。奥を見ると魚の干物や鳥の近くにそれらしい形をした干物が幾つかある。そのうちの一つがそうなのだろう。まれに、その日に裁かれた生の人の肉などもあるらしい。とても貴重なのだそうだ。肉系の値段はどれも高く、今の僕にはとても購入できない。何かの卵もあったがこれも比較的値が高かった。  この日は安くなっていた形の悪い人参、ジャガイモなどを数個と、体などを拭くためのボロ布を購入した。  この日、近くに住む40くらいの男にお願いし、色々と教わった。口数が少なく最初は怖かったが、柔らかな性格で優しい感じの人だった。名をタカオと言った。  木々はたまにその辺に落ちている、また、白の森近くに行くと落ち葉や枝が手に入るし、たまに大雨で川が氾濫したりすると流木が手に入るらしい。氾濫後は、運が良ければ魚なども捕まえられるそうだ。さらっと言われたがこの地底のような世界にも雨が降ることに驚かされる。白の森は、ヘイリーが出る場合があるから注意が必要とのことだ。食器などの道具は時間のあるときに石を削って作るらしい。説明しながらタカオさんは鋭利で平たい石を一つ譲ってくれた。食事は、そのままか火で炙って食べるが、時間のあるときに川上流の火の沼に行き茹でたり蒸したりする人もいるらしい。ある種の石を少し洗ってから削って舐めると塩っぱい味がする。味付けに使えるらしい。  最後に彼は、いつでもなんでも聞いてもらって構わないと静かに言ってくれた。心が洗われる気分だ。涙が溢れてくる。なお、ちらっとタカオさんの右腕をみると、8000以上の数値が目に入った。どうすればこんなに貯まるのか?それもいずれ聞いてみたい。  その夜は何かすることなく、ボーとしていた。  スィーが穴の中をクリムゾンレッドで不気味に照らしながら浮遊していた。昨日とは違う歌を歌っている。  スィーはよく見ると、目がついていた。普段は閉じているようでわからない。シャチやイルカの目に似ている。鼻、口はわからない。  「その歌は、なんて歌なんだい?」  「シラナイ」  「知らないって、どこで覚えた歌なの?」  「ミナ ウタッテル。」  不思議な動物だ。思わずにやけてしまう。なんか数日ぶりに笑った気がする。  そんな日が数日続いた。地獄のような歯車回しも数日すれば慣れてきた。慣れとは恐ろしいものだ。  仕事後に適当な石を拾い、それを削って道具を作るのが日々の楽しみになった。原始人にでもなったかのようだ。  そんなある日の夜、光るスィーを見ていると、そのうちの光の一つが洞穴の中に入ってきた。僕のスィーではない。僕のスィーと会話し始めた。  「オイ、テツダエ」  「ミ?」  「キタナイ。カタヅケ、シタイ」  それから、僕のスィーが行くよう命じた。何事かと思い洞穴を出ると、そのスィーはすぐ左の洞穴へと入っていった。  洞穴に近づくやいなや強烈な悪臭が鼻を刺した。穴の中に居たのは60過ぎぐらいの男でボカーンと上を向いて突っ立っている。どうやら大便を漏らしてしまっている様子だ。  「カタズケテクレ」  冗談だろ?近づくのも嫌だ。躊躇していると、2匹のスィーは針を構え僕のまわりを旋回し始めた。お願いではない、命令だ、と言わんばかりだ。片付けるったってどうすればいい。ティッシュも何もない。仕方なく、上着を脱ぎ、細くたたみつつ、口を覆うように結ぶ。前日に買ったボロ布を、洞穴の中の窪みにためておいた水に浸す。男の背中に手をやり、ゆっくりと座らせ、靴、ズボン、パンツを脱がす。汚れた腿や尻をボロ布で丁寧に拭く。男はボーッと突っ立ったままだ。やがて尻の辺りを拭いてやると気持ちよさそうな顔をし始めた。  脱がした衣類を洗うまでの水の蓄えはない。川まで行って洗うしかない。  「洗ってきますので、待っててください。」  と告げ、ズボン、パンツを持ち外へ出ようとすると、その男は急に立ち上がり、  「勝手に持っていくな、この泥棒!」  と僕の背中に飛びついてきた。僕はそのまま床に転んでしまった。床についていた糞が僕の服についた。それでも男は僕のことを離さない。危機を感じ、必死にもがいた。もがいているうちに僕の肘が男の脇腹や顔にあたってしまった。男は痛がり、地面に転がり悶絶した。  「盗むんじゃない。洗うんです。ちゃんと返しますから。」  男は、顔を抑えたまま号泣し始めた。泣きながら、「泥棒」「痛い」「ひどい」「悪魔」などの言葉を繰り返した。  話にならない。無視し、スィーに合図し、川へと向かうことにした。僕の服だって洗わなければならないし、上半身裸でころんだせいで少し擦りむいた。  川での洗濯も命がけだ。ヘイリーがいるかもしれない。  道中、スィーが近くを旋回しながら辺りを照らしてくれた。  クリムゾンレッドの点滅で、暗闇が歪んでいるかのように見えた。岩が照らされると何かが動いたかのように見える。さらに辺りの洞穴からはたまに物音が響く。その都度立ち止まっては身構える。他のスィーたちも少し離れたところで不気味なメロディーとともに点滅している。肝試しでもさせられているかのようだ。  川に着くと超高速で服とボロ布を洗った。なにか起きないか、戦々恐々だ。なるべく物音を立てないよう気をつけた。  男の洞窟に戻ると、男はまだ泣いていた。その男のスィーは平然と男のまわりを旋回していた。  「洗ってきましたよ。干しておきますね。」  そう伝え、岩の適当な部分に洗濯物を広げかけておいた。男に近づき背をさすりながら、肘があたってしまって申し訳ありませんでしたと謝った。それでも男は泣いていた。しかたなく、男の足や尻を再度拭き、汚れていた地面も拭いた。  男はやがて泣きやんだ。  「それではこれで。」  と伝え、男の洞穴を出た。男は悲しそうな顔でこちらを睨むように見つめていた。まるで僕が酷いことをしたかのようだ。  「アリガト」  男のスィーが言った。スィーに礼を言われたのは初めてだ。  その日は着るものもなく裸のまま寝た。
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