穴掘り

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穴掘り

 歯車回しの仕事は数日続いた。  日に日に慣れてきたとは言え、退屈極まりない仕事だ。毎朝起きるたびに憂鬱になる。時間がわからず終わりがはっきりしないことも気を更に重くした。  そんなある日、スィーに今日は別の仕事だと言われた。できれば、今日は休みだと言って欲しかった。休みの日などあるのだろうか。  住処を出て、いつもとは逆の山場の方へと向かう。岩場に囲まれた道の脇で数人の男が作業しているのが見える。ものを運ぶ者、石を削ったり磨いたりしている者、道具の手入れをしている者。何かの工事現場のようだ。更に奥へと行くと、左手に巨大な穴があった。  「ココダ」  そう言われ、穴の中へと入る。穴の中は所々に赤い明かりが照らされてはいるが薄暗くよく見えない。奥で数人の男が壁に向かって作業をしている。  「アナホリ ダ」  穴掘り?数人の男達が並ぶ間に入り、左右の男達の様子を見てみる。右の男は、手や石で壁を引っかき、叩きしながら壁を削っている。素手で穴掘りしろってことか?本気か?その横では、砕けた砂利を手で集め、すくい、それを外に持ち出している者の姿も見えた。  驚愕し唖然としている間に、スィーは外へと飛んでいってしまった。他の男のスィーが光りながら旋回してたまに壁を照らす。石壁を軽くコツコツと叩いてみる。硬い。こんなの手で掘れるのか?しかし3メートルほど離れた位置で作業している右隣の男は無心に穴を掘っている。仕方ない。地面に落ちている大きめの石を拾い、壁に叩きつけなんとか削ろうと試す。少し壁が砕ける。できるかもしれない、そう思った瞬間、手に持っていた石が砕け地面に散らばった。  「あ、あれ、シンイチ君かい?」  左から聞いたことのある声がした。暗くはっきりと見えないが、誰だかわかった。  「ショウイチさんですね。良くご無事で。」  「君こそ。また出会えて良かった。」  スィーに刺され、気を失い気がついたらここで仕事するよう命じられたという。  はじめ聞いたときは同じく唖然とした。道具が乏しく手で作業するしかない。外で道具を作るものがいるが、それもすぐ壊れるような物であてにならない。極限にまで非効率な作業でやっていて疑問に思った。しかし他に方法がない。なるべく硬めの石などを見つけコツコツ壁を砕くしかない。  このトンネルがあとどれほど掘れば完成するかわからないが、トンネルができると食料を運ぶための道が大幅に短縮でき、かつヘイリーからも狙われにくくなるという。  「数日やって、少し効率よくやる方法を見つけたんだ。」  そう言って、ショウイチさんは固く鋭利な石と、丸い石の2つを僕にくれ、「こうやるんだ」って教えてくれた。真似してやってみた。さっきよりはましだ。途中、鋭利な石が少し砕けてしまうとショウイチさんは「僕のを使いなよ」と言って交換してくれた。  ここでの作業は歯車回しよりマシだった。ショウイチさんのおかげで心細さが和らいだし、穴が少し掘れると意外と達成感があった。心無しか休憩時間も多いように思えた。  休憩時間ショウイチさんと話した。意外な質問をされた。  「君は、ここに来る前にここの事を想像していたかい?」  全身がソワっと震えた。実は少しだけ心当たりがあった。  「そうか。実は僕もある刑務官に変なことを言われた事があってね。」  「僕もです。」  「ここの支配人か・・・。でもあまり今は勘ぐらないほうが良さそうだ。そんな予感がする。」  僕もそう思った。スィーの存在も不思議だし、変に刺激すると何をされるかわからない。スィーがいるときはなるべくこの話題には触れないようにしようと決めた。  休憩後、数時間同じ作業に没頭した。仕事後、一緒に食事しようと誘われ、ショウイチさんの洞穴へと言った。この作業場から近かった。  さすが、アウトドアのスペシャリスト。同じ環境下なのに生活が整っていた。ショウイチさんはいとも簡単に火を起こし、食事も美味しそうにこしらえた。同じく食事には困っているはずなのに今日は僕がご馳走すると言ってくれた。どこまで尊敬できる人なのだろう。  小さな火を囲いながら薄暗い中で食事をした。やがてショウイチさんと僕のスィーが光りながら、辺りをゆっくりと自由に浮遊した。  食事しながらショウイチさんがつぶやいた。  「一体何なんだろうね。ここは。でも、どうせ生き長らえるのなら、元の世界で償いながら生きたかった。ここでは、もう何もできない。」  「刑務所のときは何かされていたのですか?」  ショウイチは、島についたあの日のように、もの思いに沈む様子で僕に語ってくれた。  自分の不注意で大事な命を奪ってしまった。刑務所内で生活しながらも、遺族の方にどうしても償いたいと思った。  弁護士を通じ、手紙で自分の謝罪の気持ちを綴り、ご遺族の方々に送った。そうする方法しか思いつかなかった。流刑が確定すると、死刑と同様に手紙や面会についても強く制限された。それでも弁護士との面会は許されたため、弁護士を通じて手紙を送り続けた。しかし、亡くなった小学生4名のご遺族からの返事はない、または、凄まじい怒りをぶつけた返事が返ってきた。  「いくら謝ったって、私の命より大事なものはもう戻ってこない。」  「できれば、出向いてあんたをこの手で殺してやりたい。」  「早く流刑の執行を望む。」  弁護士からも手紙を渡したときのその激烈を極める様子を聞いた。それでも命ある限り償い続けるべきと思い、手紙を送り続けた。遺族からの返事はなかった。  僅かな金額ではあったが作業賞与金を積み立て、年末にまとめて手紙とともに遺族の方へと送った。それでも返事はなかった。  百通以上は送っただろうか。ある日、一通の手紙が来た。遺族の一人からだった。内容は思いも寄らないものだった。  「健康の様子で何よりです。  時折、刑務所の様子をテレビ放送などで見ることがあります。大変かと思いますが、罪は罪として反省してくれることを願っております。  いただきました供養代は仏前に供えさせていただきます。  くれぐれもお体に気をつけてください。」  全身が震え、汗と涙が溢れた。命よりも大事なものを一瞬にして奪ってしまったこの私の健康を祈ってくれるなんて信じられなかった。自分が救われた気がした。  弁護士に聞いたが、その方はずっと手紙を読む気にすらなれず一つも読まなかったそうだ。ところがある日、読んでみようと思い読んだらしい。手紙で謝ったからと言ってけして許したわけではない、許せるはずがない。しかし心から反省している事だけは伝わった。だから返事を書こうと思った、と言っていたそうだ。そして、最後に  「我が子を失い、ずっと悲しみと怒りに満ちた暗闇の淵に落ちていた気分だった。しかしあなたの手紙をみて少しだけ光が差したかの気持ちになった。」  「もう、この世からこのような事故が起きないことを祈って止まない。」  と弁護士に気持ちを伝えたという。  それからもご遺族の方々には手紙を送り続けた。その方からは数回に一度返事が返ってくるようになった。  なお他の3遺族の方々は今も一切許すような雰囲気はないという。  「もちろん、これをずっと続ければ許してもらえるかと言えば、おそらく、いや絶対に許してはくれないだろう。でもできる限りのことはすべきと思った。一生償い続けるべきとそう心に誓ったんだ。でももう何もできない。」  なんてすごいのだ。そう思った。僕はご遺族の方になにもできていない。  ショウイチさんのしたことは、紛れもない犯罪だ。しかし、流刑になるほどのものだったのか?一昔前なら絶対にならなかった。ショウイチさんはこんなにも誠実に反省し償い続けている。それにも関わらず死刑、流刑などに処されれば社会復帰の権利は途絶え、更生する機会、反省、償う機会も失われてしまう。死を待つのみの生活に精神状態が壊れる者も大勢いた。  そして、ショウイチさんにほんの少しだけ寄り添ってくれた遺族の方は流刑執行をどう思ったのだろう。これでスッキリしたというのだろうか。  「犯罪者は、悪だ。さっさと殺してしまえ。」  世論はそれが正しいと考えている。一体、人々はどうなってしまったというのか。刑罰ばかりが厳しくなる一方、犯罪の数は減っていない。  「湿っぽい話になってしまったね。また明日から穴掘りを頑張ろう。」  素敵な方だ。できればもっと早く出会いたかった。でもここで出会えた。初めて心から尊敬できると思える人に。  夜、スィーの光に照らされながら自分の洞穴へと戻った。 ■  翌日、ヘイリーが近くで目撃された。  すぐに監視係が気が付き、木の太鼓を叩き、上から石を投げ威嚇したところあっさりと引き返して行ったようだ。監視を長くやっている者曰く、その姿容とは似つかずとても臆病な性格で、威嚇するとあっさりと逃げていくことが多いらしい。被害には合わずに済んだようだ。  しばらく重労働に明け暮れる日が続いた。ショウイチさんが居てくれたおかげで気持ちは少し楽だったが、それでも辛かった。  夜、住処の洞穴では、しばしば隣の初老の男の下の世話をした。男は何度言っても洗濯を外に持ち出そうとするときは抵抗し、その都度もみ合いになった。いい加減覚えて欲しい。  その日の夜も、スィーがクリムゾンレッドの光を揺らしながら洞穴の中へと入って来た。僕のスィーと話している。しかしいつもと比べ話が長かった。  「オイ テツダエ」  来た。げんなりする。口元をボロ布で覆う準備をする。  しかし、洞穴を出るとそのスィーはいつもと逆の方へと向かった。  右の洞穴の入り口前には、左の男と同じくらいの初老の男が座っていた。人参を手に取り座っている。  「テツダッテ ヤレ」  その男のスィーがそう呟いた。男の元へとゆっくり近づき、声をかける。  「隣に住んでおりますシンイチと申します。あの、どうかされましたか?」  男は口を開けたまま、こちらを笑顔で見つめてきた。  「いやあ、ありがとう。おりゃあ、この人参、今日は3分の1食べたいんじゃが、どう分ければ良いかわからんでのう。」  はあ?一瞬耳を疑った。分ければいいだろう。男の手の人参を見ると、人参に斜めに傷がついている。ところどころほころびがあるし、一部噛み跡もあった。何がしたいのだろう。  「3分の1に分ければ良いのですか?良ければ、お分けしますが?」  「おおお、うんうん。助かる」  このくらいで良いかと指で大きさを示し、石で丁寧に分け渡した。男は感激した様子で、両手で人参を高々と上げながらその場でくるくるまわり初めた。  「いやあ、お主すごいのう。大したもんじゃ。今度、機会があったら、ワシの友人の大蔵大臣に紹介してあげよう。きっと大物になる。」  「はあ・・。ありがとうございます。」  「霞ヶ関の近くに大きなビルがあるじゃろう。ありゃワシのもんじゃ。今度自由に使って良いよう手配しておこう。」  「・・・」  「わしゃ、こう見えても、顔が広いんじゃ。刀剣電鉄の社長もワシのいとこじゃよ。」  そんな鉄道会社聞いたことがない。  「電車もただで乗れるよう手配しておこう。」  「あ、ありがとうございます。」  痴呆症だろうか。良くこの世界で生きている。普段の生活はどうしているのだろうか?  「君、名前は?」  「ツチダ シンイチです。」  「わしゃ、ナポリタンじゃ。」  な、ナポリタン?  「シンイチかあ。いい名前じゃ。わしゃ、アドミニストレーターとも知り合いでのう。今度、紹介してあげよう。」  アドミ・・。なんだって?もうついていけない。  その刹那、男のスィーが少し強い光を放ったように見えたかと思うと、僕の顔近くを飛び針で頬のあたりを軽くつついてきた。  「アリガトウ モウイイ」  スィーはそう言い僕を男から引き離した。男のスィーは最後、たまに面倒見てやってほしいと言うと、僕に10ポイントくれた。  この洞穴が「問題がある」と言っていた意味がとても良くわかった。いつか移動しよう。  翌朝、今日も一日重労働かと気を重くしているとスィーが思いがけないことを言ってきた。  「オイ キョウハ ヤスミダ」  「えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。」  休みだって。急に生気がみなぎり、全身から光を放ちたくなるほど嬉しかった。できれば昨日のうちに言ってほしかった。  さて、どうしよう。  ずっと気になっていた、川上流の血の沼の方へ行ってみることにした。タカオさんが、「拷問に使われる沼で気分悪いが、ちょうどいい湯加減のところは温泉にもなっているし、食事を茹でることもできる。保養にとてもいい場所だ。」と言っていた。昼にもヘイリーは出るが24時間体制で監視がおり、昼は見つかりやすく比較的安全なのだそうだ。  スィーに場所を聞くと、「アッチ」「ソッチ」と無愛想に教えてくれた。  そこは意外と近かった。湯気が吹き出ておりすぐに場所がわかった。仕事後にも頑張れば来れそうだ。  川には木製の橋がかかっており、その手前、奥、共に幾つかの大きな池があった。湯溜まりとでも言うべきか。血の池と言われるだけあり、どれも川と同じく赤色をしており、丸い気泡がその表面に逃げては弾けている。近くには幾つか小さな岩山に掘られた洞穴がある。恐る恐る近づくと、中からうめき声が聞こえた。遠目で見ると、全裸の男が居て、肌が真っ赤に爛れている。所々黒く、水ぶくれのようになっていて、血を流しているようにも見える。  「ゴウモン ニ アッタ モノダ」  スィーがそう教えてくれた。仕事しなかったり、喧嘩したりすると、ここで沼に落とすらしい。落とされたものは全身火傷を負う。もちろんその後はしばらく動けないため、あの洞穴で療養するらしい。療養と言ってもほったらかしだ。死ぬことはなく3日から1週間すると治るらしい。その間昼夜問わず苦しみ続けることになる。他のものが拷問にあった者の面倒を見ることは許されない。見つかると監視のスィーに注意され、ひどい場合は拷問にあう。なるほど、洞穴の近くにスィーが数匹集まって旋回し監視している。  近くの川は流れが緩やかで、水は熱い。所々、石で囲って作られた天然の温泉のような箇所があり、湯加減は少し熱いくらい。まわりには5人ほど湯に使っている者がいる。どこも自由に使って良いようで、適当な場所を見つけ食事を湯につけながら自分の体も温める。溜まりに溜まったため息が口から噴き出る。なんて気持ちが良いのだろう。あまり風呂になど入らないせいか、身体中が吹き出物だらけでかゆい。手でゆっくりこすりながら汚れを落とす。  食事は湯につけず、近くの蒸気の近くに置いておくのが良いと一緒に風呂に浸かっていた男が教えてくれた。甘みが増し、岩塩をかけて食べると最高だそうだ。ただ、その男が持っていたような木でできた蒸し器を持っておらず、僕にはできそうもない。布でくるんでもいいそうだ。  血の沼を後にし戻ると、訪問販売が来ていた。全員は仕事中のため比較的空いていた。ゆっくりと物色することができた。  前回は時間もポイントもなくあまり見れなかったが、よく見ると木でできたお椀、バケツのようなもの、石出できた包丁、オノなど手作りされたと思われる品々が並んでいた。こことは別の場所に木々や石で道具を作っているグループがいるとのことだ。僕もそっちが良かったと言うと、そっちはそっちでヘイリーが出る可能性が高く大変だそうだ。その品々は意外とよくできていて感心する。ほしいと思うが残りのポイントはわずか。なるべくお得なものを手に入れようと血眼になって探した。  さらに、ふと、店の脇の方に不思議なものを見つけた。  「チケット。3万。」  なんだというのか。どちらにしても、そんなポイント貯められるわけがない。  夕方、タカオさんに会った。  今日は休みだったと伝えると、それは良かったねと笑顔で答えてくれた。一緒に食事を誘われ、もちろんと喜んで答えた。  ずっと気になっていた事を聞いてみた。  「どうすれば、そんなにポイントが貯められるのですか?」  「使わないことかな。なるべく質素倹約すること。」  「何か、買いたいものとかあるのですか?」  「いや、ないね。僕はお金が嫌いなんだ。金は人を不幸にする。」  不思議なことを言うと思った。何かあったのですかと聞くと、タカオさんは笑顔で話してくれた。  タカオの家はけして裕福ではなかった。  父はタカオが小学生の頃に、失業した。それから家で酒を飲んでは荒れるようになった。母も仕事をしていたが収入は微々たるものだった。  父が失業してから母との喧嘩が耐えなかった。母は良くタカオの目の前で暴力を振るわれ、タカオも意味もなく被害にあった。母は耐えきれず、子を連れて家を出た。それから母はずっとタカオを女手一つで育てた。  タカオは貧乏を理由に友達もできず、学校ではいじめられた。それでもくじけること無く我慢し続けた。お金がないせいで、勉強道具もろくに買えず、習い事などもってのほか。しかしタカオ自身、それでもいい。そう思っていた。  「小学校に上る前かな。家族で近くの川で水遊びしたり、公園の芝生で寝転んだり。それがとても楽しかった。僕はそれだけで良かった。他の人はゲームだのおもちゃだのいっぱい持ってたけど僕はいらなかった。母と2人の生活のときも、別に夕飯なんて食べれればいいと思ったし、家で同じ紙に絵を書いては消してを繰り返していればそれで楽しかった。」  高校に上る前、母は病気で亡くなった。母が亡くなったときタカオは号泣し、数日部屋から出なかった。  タカオは親戚に預けられ、進学はせず、仕事に就いた。親戚は最初は優しかったものの徐々に冷たくなった。また職場の者たちもタカオの知識や技量のなさを責め立て、みんなでいじめるようになった。  いつしか、母の不幸、自分の不幸は父のせいと思い始めた。父への憎悪が日に日に増した。  職場で自分をいじめる者達も嫌いになっていった。大人の男共に対し憎悪をいだき初めた。  勝ち組、負け組。大嫌いな言葉だ。勝負など望んでもいないのに自分は負け組だ。そして世間は自分を見放していると感じるようになった。  そして職場を辞め、親戚の家から金を盗み家出した。  金が無くても生活ができると思っていたが甘かった。この世の全ては金だ。やがて、金が尽きると盗みを働いてそれで生活するようになった。  「今はさ、金がなくなると自分の子供でさえも捨てる親がいるんだ。捕まったとき、俺は世間の大人共が全員信じられなかった。大人共が全員大嫌いで全員殺してやりたかった。」  ある日、酒に酔った3人のサラリーマンを見つけた。子供や奥さんの悪口のようなものが聞こえた。カッとなり、持っていた刃物で切りつけ現金を奪い逃げた。二人は死亡、一人は重症を負った。その後、時期に捕まるだろうことを悟り、どうせなら父も殺してやりたいと思い、昔住んでいた家の方へと向かうことにした。その途中で警察に捕まった。  「刑務所でもずっとふて腐れてたよ。どうせ、冷たくされると思っていた。でも違った。刑務官は厳しくも優しく、僕の気持ちに寄り添ってくれた。  弁護士も最初は信じてなかった。けれど親身に話を聞いてくれて、同情してくれて、情状酌量を受けようと尽力してくれた。最初はどうせ金のためと思っていた。でもずっとずっと僕を信じてくれた。それでやっとわかった。いい大人もいるんだということが。」    それでも流刑判決が言い渡された。身勝手で無差別な強盗殺人で情状酌量の余地なしと見なされた。  「金のためにずっと嫌な思いをし、金のために犯罪に手を染めてしまった。金の有無で勝ち負けを決める世の中も大嫌いだ。勉強にだって金がいる。金が全て悪い。」  刑務所での生活の際、父が面会したいと言ってきたことがあったが断固拒否した。父への憎しみは今でもあるという。  「あんな大人には絶対にならないって思った。金がないからって、おかあさん、僕を殴りつけ追い出した。何があっても許さない。」  タカオさんの目からは涙が溢れていた。  わかる。タカオさんはきっとお金なんて無くても幸せだった頃に戻りたかったんだ。なにもせず、ただ家族で芝生で寝ているだけでいい。それが一番幸せだったんだ。  もちろんタカオさんのやったことは完全な犯罪だ。殺されたサラリーマンにも家族がいただろう。そしてその憎悪は凄まじいものだろう。  しかし「情状酌量の余地なし」はあんまりではないか。僕が今話を聞いた限り、厚生の機会まで奪う刑に処するべきか。  この国の死刑が亡くならないのは世間が許さないからだと、国はそのように説明している。しかし、勝負を強入り、いじめや差別を許し、デマを撒き散らし、人を簡単に見放す。これが今の世間だ。これが国が考えている理想郷なのか?  「まあ、お金が溜まったらあのチケットでも買ってみるかな。」  ハッと思った。  「あの3万円の・・」  タカオさんは辺りを見渡し、タカオさんと僕のスィーが居ないことを確認した。僕もあれ?ッと思った。2匹ともどこにも居ない。  「スィーがいるときはあまり話さないほうがいいって噂なんだが、あのチケット、アドミニストレーターに会えるらしい。」  聞いたことがある。右隣のナポリタンおじさんもそんなこと言っていた。  「その、アドミニストレーターって?」  タカオさんはまたキョロキョロと近くの様子を伺った。  「誰もはっきりとは知らないんだけど、この世界の支配人。神様みたいな人がいるらしい。」  「神様ですか?」  「そう。出会うと、この世界から出れるっていう噂も聞いたことがある。」  タカオさんはどんどん小声になる。僕もそれに合わせる。  「では、スィーもそのアドミニストレーターの・・・。」  「そうかも知れない。アドミニストレーターの噂話をしているときにスィーに急に連れてかれた人もいるって噂もあったりなかったり。」  「でも3万て・・・。」  「ああ、普通に貯めるには相当苦労するだろうね。でも格闘大会とかで優勝すれば数万ポイントもらえるし。」  「か、格闘大会?」  聞いて驚愕する。格闘大会。年に一度だけ企画されるイベントらしい。大会の参加者を募り、8人以上集まると開催される。優勝賞金は、参加人数 x 1,000ポイント。人数が集まれば確かに大金が手に入る。  「じゃ、数人で口裏合わせて参加して、誰か優勝させてポイント貰えば。」  「悪いこと考えるね。でも、大会はスィーが監視していて、わざと負けたり、ヤラセだって思われたりすると拷問にあったり、罰則が課せられたりするんだよ。それはできない。」  「タカオさんは参加したことはあるのですか?」  「とんでもない。一度見れば分かるけど、絶対に出たいなんて思わないよ。見ているだけで気絶しそうになる。」  総合格闘技が好きだった僕にとっては少し気持ちが踊った。
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