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朝起きたら、口の中が変だった。なんとなくスース―する。ふわぁっとあくびをすると、何かがぽろっと口から落っこちた。拾い上げて見てみると、それは「歯」だった。
あわてて舌で口の中をさぐると、昨日までぐらぐらしていた上の前歯がなくなっている。ぬけた歯は石みたいで、手のひらでころころ転がしてみた。こんなものがぼくの口から出てきたなんて変な気持ち。じっと見つめていたら、バンっといきおいよくドアが開いて、お母さんが入ってきた。
「ちょっといつまで寝てるの! 夏休みだからってだらけるんじゃないよ」
「ちがうんだって。ほら、お母さん、見て。歯がぬけた」
「あらら」
「ね? 起きてたけど、ずっとこれ見てただけ」
「『ね?』じゃないの! さっさと顔あらって朝ごはん食べなさい」
「はぁい」
ぼくにとっては大事件なのにお母さんはつれない。でも、ぐずぐずしていたら、さらにおこられそうだから、おとなしく従うことにした。
*
のんびりしていたら、ドアのチャイムが鳴った。友だちのヒロが公園に行こうとさそいに来てくれたのだ。大急ぎでとび出した。もちろん、ぬけた歯もわすれずに。
「ひさしぶりだね」
「うん。手に持ってるの、それ何?」
「これさ、起きたらぬけてたんだよ。ほら見て……ここの所、歯がなくなってるだろ」
「ほんとだぁ。でも、おれも。おれは三こもぬけたぞ」
そう言って、ヒロは口を大きく開けてみせた。何だ、先をこされてたのか。ちょっとくやしい。歯を袋にくるんで、ポケットにつっこんだ。
いつもの公園に着いた。すべり台とうんていがあるだけで、あとは何もなく、だだっ広い。
ぼくらはいつもここで、パルクールのまね事をして遊んでいる。宙返りしたり、とびうつったりするのは怖いから、前転したりうんていの上を走ったりするだけ。それでもゾクゾクするし、見つかったらおこられるっていうのもスリルがあって楽しい。でも、ケガをしたりめいわくをかけたりしないように気をつけないといけない。
今日もさっそく始めようとしたら、先客がいた。だれかがいたら、あぶないからやめておこう、とヒロと決めていた。でも、今までだれかがいたことはなかった。このあたりに子どもは少ないから。どんな子なのか気になって、近づいてみる。
よく見るとその男の子は、なんだか変なカッコをしている。上下とも、黄色と黒のシマシマなのだ。トラみたい。髪も、もじゃもじゃでオレンジっぽい色をしている。ただ、じっと背を向けて立っている。
「外国人の子かぁ?」
首をかしげながらヒロが言う。
「外国で流行ってる服なのかな」
あんなダサいファッションが流行るわけないと思ったけど、何も言わない。そろりそろりと近づく。
あと五歩で手がとどくというところで、ストップ。
「ねえ、」
少しのびあがるようにして、声をかけてみた。反応なし。もう一歩近づいて、さっきより大きな声で話しかけてみた。
「ねえ!」
男の子は背中をびくっとふるわせて、ふり返った。日本人の顔だ。だけど、そのほっぺたには赤い色でシマのようなペイントが入っている。
「きみ、日本人? 外国人?」
いきなり聞いてみた。変なカッコの男の子は、こまったような顔でこちらを見ているだけで、答えない。
「やっぱり外国人だよ。きっと日本語が話せないんだ。ほかのとこ行こうぜ」
男の子のようすを見て、ヒロがあきらめたように、そっぽを向く。その時、いきなり男の子がしゃべった。
「……おれ、外国人じゃねぇ。日本人でもねぇ」
少しおくれて、反応を返した。
「じゃあ、だれなの?」
「おれ、人間じゃねぇよ」
この子は何を言い出すんだ、と思った。ヒロも同じように感じたようで、はんと鼻でわらった。
「バカジャナイノ。人間じゃなかったら何なんだよ、バケモノかよ」
ヒロの言葉に、男の子はちょっとおこったみたいだった。赤いシマシマがひかれた顔をさらに赤くして。かれは言った。
「バケモノなんかじゃないやい。おれは、おれはカミナリさまだ!」
カミナリさま……? あまりにいきなりで、ぽかんとしてしまった。男の子はつづける。
「おれがおこったら、雷がビカビカって光って落ちるんだぞ。お前たちなんか、すぐにやられちゃうぞ」
「雷、落とせんの?」
「そうさ」
「じゃあさ、今そのへんに落としてみてよ。証明してくんないと信じられないし」
ヒロの言葉にカミナリさまは、いいよと得意げにうなずいた。
そして、どどどどど、と地面を強く足でふみ鳴らし始めた。するとだんだん砂ぼこりが高くまいあがり、かれを包みこんでゆく。風でぼくらのほうにも、砂がとんできて、思わず、ごほごほとせきこんだ。
しばらくすると、ふわりと砂が消え去り、カミナリさまの姿があらわになった。そのまわりには、円をかくようにして、小太鼓がならんでいる。口にはにゅきっとするどいきばが生え、もじゃもじゃとちぢこまっていた髪も、雲のようにたなびいている。これはまさしく――
「「カミナリさまだあっ!」」
さけんだぼくらにニヤリとわらいかけると、いきおいよく太鼓をたたきき始めた。どんどこ、どんどこ、どこどこどん。
太鼓のリズムに合わせて、空にもくもく黒い雲がわいてくる。そのうちの一つがピカっと光るのと同時にズドドンとはげしい音がした。目の前がまぶしくなり、いっしゅん何も見えない。
ようやっと、まわりの景色が見えるようになると、うんていの近くに生えていた木が一本、真っ二つにさけていた。
カミナリさまは満足げにふんぞり返り、ヒロはこしがくだけたのかくずれ落ちた。
「どうだ、これで信じただろ?」
そう言ってかれがさっと手をふると、太鼓も黒い雲も消えて、さけた木の他は元通りになった。
ぼくらはしばらく何も言えずに、ばかみたいに口を開けていた。そんな二人にあきれたようにカミナリさまがため息をつく。
「もう一回、落としてやろうか?」
「い、いい、いい! 落とさなくていい!」
全力で手と首をふった。その時、ぼくの足元に何かが落っこちた。
「あ、」
ビニール袋。すぐには何か分からなかった。ちょっとおくれてひらめく。歯だ。公園に向かう前にポケットにつっこんだのをわすれていた。カミナリさまは興味しんしん。ぼくはあわてて、袋を拾った。
「それ、何だよ」
カミナリさまがうばおうとするから、ぎゅっとかかえこんだ。でも、あまりに動きがすばやくて取られてしまった。
袋からぼくの歯を取りだして、かれは、目をぐわっと見開いた。なんだ、ぼくの歯に何かもんくでもあるのか、と思ったら、ぼくらにあついしせんを送ってきた。
「これだ!」
「何が……?」
「これだよ、おれがさがしてたのは」
「どういうことだよ」
カミナリさまは、ふところから何かを取り出した。それは、歯だった。
「あのな、」
気むずかしい顔をしてカミナリさまが言うことには――
ある日、父親とカミナリさまが雲の上でねそべっていると頭に、こつんと何かが当たった、らしい。気持ちいいねむりをじゃまされてカミナリさまはイライラ。そばに落ちていたものを拾うと、見たことのないものだった。カミナリさまは父親に聞いた。
「父上、これは何でしょうか。わたしの頭に当たってきたのです」
「うむむ、これは……〈歯〉だよ。人間のこどもの、な。昔に聞いたことだが、人間はこどもの時に歯がぬけかわるらしい。そして、次に生える歯がじょうぶに育つように、そのぬけた歯を地面にうめたり、上に投げたりするらしい。それがここまでとどいたのだろう。――そうだ、お前がその人間をさがし出して、返しておやりなさい。とびすぎてしまった歯をさがしているかもしれない」
「それはつまり、わたしが下界におりるということですか」
「そうだ」
「そんな、何も悪いことをしていないのに下界行きだなんて」
「とどけてやるだけではないか。さあ、行ってきなさい。ぶじにとどけられたならば、帰ってきていいぞ」
父親にそう言われると、もうさからうことはできない。カミナリさまは、しかたなく下界におりることにした。
雲のかけらの乗り物で下へとまいおりる。そしてたまたま着地場所となったのが、この公園だった、らしい。
おり立ったはいいもの、雷神のものとは大きさも形もちがう歯をにぎりしめたまま、こまっていたところに、二人がやってきた、ということらしい。
かれの話を聞いても分かったような分からないような、すっきりしない気持ちだった。あまりに話がとつぜんすぎるのだ。それより何より、
「お前、父親の前では大人しいんだな。おれたちの前ではすげぇえらそうだけど」
いつの間にか立ち上がっていたヒロが言う。カミナリさまは負けじと言い返す。
「当たり前だろ。おれはお前たちとは格がちがうんだぜ。そして、父上はりっぱな雷神さまだ。その、なんだ……タ、タメ口で話すなんておそれ多いことはできねぇよ」
やっぱり分かったような分からないような。
まぁ、いいや。いろいろと予想外なことが起きてわすれてたけど、ぼくたちはパルクールごっこをしに来たんだった。
「ヒロ、行こう。ほかの公園にい動しよう」
ヒロも思い出したようにうなずいて、ぼくらは立ち去ろうとした。しかし、Tシャツのすそを思いきり引かれて、バランスをくずしつつふり返った。
ニヤリとわらったカミナリさまの顔がすぐ近くにせまっていた。
「行く気かよ。ここまで聞かれたからには、お前たちにも手つだってもらうぞ」
「勝手にきみが話しただけじゃないか」
「そうだそうだ! おれたちは聞きたくもない話を聞かされただけだぞ」
「細かいことはどうでもいいだろ。何がなんでも手つだってもらうぜ。そうじゃなきゃ、雷を落としてやる」
はぁ……。二人そろってため息をついた。
*
「なんかさ、雷を落とす以外にも力ないの?」
ぼくたちは公園を出て、住宅街をあてもなく歩いていた。手つだってくれと言われても、何を手つだえばいいのか分からない。このあたりに持ち主はいるはず――カミナリさまが天にいたときの場所の真下だから――なのだが、その他に、手がかりはないのだ。それはカミナリさまも同じようだった。
「ねぇよ、たぶん。雷を落とす練習しかしてねぇし」
「きみのお父さんも何を考えてるんだろうね。こんな方法で、持ち主なんて見つかる気がしないよ」
「く、暗くなること言うなよ」
少しなみだ目になりながら、カミナリさまがにらんできた。
「だいたいさ、雲までとどくほど歯を投げるやつなんているのか? どんな力だよ、人間とは思えないぞ」
「むう……たしかに」
今度は、うで組みをしてカミナリさまがうなる。そして、しばらくうなだれていたが、急にピコンとはねた。
「なに⁉」
「おれ、わかった」
「歯の持ち主が?」
「ちがう」
「じゃあ、なにがわかったの?」
「おれの秘められた能力」
「なにそれ」
「こえ……」
「へ?」
「声が聞こえる」
「そりゃ、聞こえてなかったら会話できないじゃん」
「ちがうんだよ。このあたりにいる人の声がすべて聞こえる、ぜんぶ」
「ほんとに?」
「ほんとだ。急に耳に入ってきたんだ」
「その力があれば歯の持ち主をさがせるかもしれないよ!」
「きぼうが見えてきた」
「やったー!」
かくしてテンションが上がったぼくらは、意気ようようと歩き出した。神経をとがらせて声を拾うカミナリさまを先頭に、一列にならんで、ぼくらは進む。
それっぽい声が聞こえるとカミナリさまは、だだだっとかけよるから、ぼくらの足取りはぐねぐね。あっちによってこっちによって、ふらふらくねくね。
へいに耳をつけて聞いていて、通りすがりのおじいさんにあやしまれたり、小さな子の大きな歌声に聞き取りをじゃまされたり。いろいろな問題をクリアしつつ、ぼくらは住宅街を練り歩く。なんだか楽しくなってきて、みんなはしぜんとえがおになっていた。わらってわらって、おなかがいたくなるほどわらって、ぼくたちの声があたりにこだまする。
「ここか」
何回目か分からないその言葉とともに止まったのは、クラスメイトの家だった。新井さんの家。クラスで一番大人っぽい女子だ。
カミナリさまが家の中の声をつたえてくれる。
『ママ、やっぱり見つからないよ』
『屋根の上も?』
『パパが見てくれたけどなかったの』
『でも、歯が空に消えたなんて信じられないわ。そのへんに落ちていないのなら、アリか何かが運んでしまったのかもね。あきらめなさいな』
『やだよぉ。次の歯がちゃんと生えなくなるかもしれないじゃない。それに、わたしは軽く投げただけなのよ。なのに、まほうにかけられたみたいにぐんぐん上っていっちゃったの』
この家でまちがいなさそうだ。三人で顔を見合わせて、うなずく。気分はすっかりスパイだ。でも、しのびこんでつかまるのはさけたいから、チャイムを鳴らす。
ピンポーン。まぬけにのびた音がひびく。ごくりとつばを飲みこんで見つめていると、
「はぁい」
とお母さんらしき人の声がする。いよいよだ、ときんちょうが三人の間に走る。
「あ、あの。新井さん、あ、ちがう。えっと、美香さんはいますか。えっと、その、同じクラスの中田です」
しどろもどろになりながら、何とかそれだけをつたえる。しばらくして、ガチャリとドアが開いて新井さんが出てきた。
「中田たち、どうしたの」
「お前の落とし物をとどけにきてやったんだよ」
いきなり話しだしたカミナリさまをおさえて答える。
「あのさ、歯をなくさなかった? この子が拾ってくれたんだよ。きみのかなって思って」
まったく、せつめいになっていないような気がしたが、新井さんは大きく目を見開くとこっちにかけよってきた。
「ありがとう、ありがとう。ほんとに」
満面のえみでそう言う新井さんを見て気をよくしたのか、カミナリさまはまた、ふんぞり返っていた。
「あ、そうだ。家に上がっていきなよ。そのオレンジヘアの子もいっしょに」
「おれは、おれんじへあ、なんて名前じゃ――」
カミナリさまが名乗る前にあわてて口をふさぐ。新井さんはかれを人間だと思っているはずだ。急に「カミナリさまだ」なんて言われたらばかにするに決まってる。そしたらかれはおこって、またさっきみたいに、雷を落とすかもしれない。そんなことはぜったいにさけたかった。
すばやくいろんなことを考えながらえがおをとりつくろって
「ありがとう。じゃあ、ちょっとだけ」
ヒロにもすばやく目配せ。ちゃんと通じたみたいで、カミナリさまの肩をおさえこみながら、新井さんにえがおを向けた。
新井さんの家は広かった。それに、ぼくの家とちがってきれいにかたづいていて、おいてある家具なんかもオシャレだった。
お母さんがジュースとおかしを出してくれた。安っぽいそのパッケージはこの家に合っていないようにも感じた。
おかしをつまみながら、歯をわたすまでのこと――もちろんカミナリさまということはかくして――や、学校のことや、いろいろ話した。けっきょくどうして歯が天までとどいたのかは分からなかったけど、もり上がってすごく楽しかった。四人ともずっとわらっていた。
*
楽しい時間はすぎるのがはやい。ふと時計をみたら、もう五時半をすぎていた。家の門げんは六時だ。やばい。はやく帰んないとお母さんにおこられる。
「そろそろ、帰らなくちゃ」
「あ、ほんとだ。新井さん、ありがとう」
「こちらこそ、歯がなくてふあんだったから、ありがとう」
リビングを出て、新井さんのお母さんにもお礼を言って、ぼくらは帰ることにした。
少し暗くなり始めた道を横にならんで歩いていると、カミナリさまがぽつんと言葉をもらした。
「おれ、帰れるのかな」
その声があまりにもさみしそうでたよりなくて、すぐには返せなかった。数秒してはげましの声をかける。
「歯は返したじゃん、そうだろ? そんなこと言わずに元気を出せよ」
「そうだよ、新井さんもよろんでたし。歯を返したらいい、ってお父さんにも言われたんでしょ?」
「それはそうなんだけどよ……二人は天に帰る方法を知ってるか?」
「そんなの知らないよ」
「だよな。えっと、下界から帰るときには、心を〈無〉にしなくちゃいけねぇんだ。おりてくる前はそんなのかんたんだと思ってたんだけど」
「今はできないの?」
「今日の思い出にじゃまされて、できないんだよ。わすれたくないと思えば思うほど、心が波立って」
ぼくとヒロは思わず顔を見合わせた。このカミナリさまがそんなことを言い出すなんて。まるで、かぐやひめだ! ちょうど国語のじゅぎょうで教えてもらった昔ばなしがうかんだ。
う~ん、とこまっていたら、ピカビカっと目の前がくらむほどの明るさに包まれた。昼間に見せてもらった雷よりもすごい。ぎゅっと目をつむりながら、ぼくは死ぬのか、と思った。
その明るさが少し弱まり、おそるおそる目を開けてみると、そこに雷神さまがいた。
りっぱなひげを生やし、大きな体のまわりには太鼓がならび、カミナリさまと同じような黄と黒のシマもようの服をまとっている。そして、オニのような顔ににゅきっとするどく長いきばが。
コワさとおどろきががいっぺんにおしよせて、ぼくらは声が出なかった。カチコチにかたまったぼくらに、雷神さまはわらいかけてくれた、のだと思う。顔がこわくて、えがおもぶきみだ。
「おどろかせてしまったかな。息子をむかえにきたのだよ」
となりのカミナリさまを見ると、口を大きく開けてかたまっていた。雷神さまはゆっくりともう一度ほほえむと、カミナリさまの髪をわしゃわしゃとなでた。
「よくやった、息子よ」
話が急すぎてついていけない。でもこれは、親子の感動の再会シーンなのではないか、と思い、ぼくらは後ずさろうとした。しかし、
「あ、きみたちも待ってくれ。今日、ずっと息子といっしょにいてくれたのだろう。めいわくをかけてすまなかった」
そう言って、頭を下げられた。どうしていいのか分からず、またぼくらはかたまった。
「きみたちも会ったときに感じたと思うが、この子は短気であまり他人を思いやるということができなくてね。それじゃあ、雷神はつとまらない。この世界におりたら、何かかわるんじゃないか、と思って、すべて仕組ませてもらったんだよ」
「じゃ、じゃあ、歯をカミナリさまの頭に当てたのも、雷神さまがやったことなの?」
「そうだ。高く何か小さいものが投げられたのが見えたからね。これは使えると思ったわけさ。息子の手つだいをしてくれてありがとう。他人の〈声〉が聞こえて、大切に思えるなかまができて、今日一日でこの子もかなり成長できたようだ。きみたちのおかげだよ、本当に感しゃしている。さあ、そろそろおわかれだ、二人のことはこれからもずっと見守っているよ。この子のこともわすれないでやってくれたら嬉しい。」
そう言うと、雷神さまはカミナリさまをだきかかえ、手をひとふりした。とたんに、あたりはまた、まばゆくビカっと光り、次のしゅんかんには雷神さまとカミナリさまの姿も雷のような光も消えていた。
「行っちゃった」
ヒロがぽつんとつぶやき、二人して空を見上げた。
今日は、いろんなことが起こりすぎて、ずっと心がたかぶっていた。その原いんとも言える二人が去ると、さみしさと同時につかれもおしよせてきた。
「帰ろうか、ぼくらも」
声をかけて家路をゆっくりと二人で歩きだした。
いつもバイバイする十字路で、二人とも立ち止まった。ズボンのポケットに手をつっこんでヒロが口を開いた。。
「今日はつかれたけど、楽しかったな」
「そうだね」
「おれ、ぜったい、今日のことわすれられない気がする」
「ぼくもだよ。カミナリさまたちもそうだといいなぁ」
「そうだな」
二人でまた空を見上げ、わらった。カミナリさまの声は聞こえるわけないけど、なぜかかれのわらい声が耳にとどいたような気がした。そしてぼくらは、いつも通り手をふって、それぞれの家へと足を向けた。
家に帰ったらお母さんになんて話そう。いや、今日のことはひみつにしておこうか。
そして、ぼくもぬけた歯を天高く投げよう。カミナリさまにも見えるといいな。
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